人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

小倉トーストで思い出す友

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羨ましく思えた友が実は心の葛藤を抱えていて

 先日友達が電話で「コメダ小倉トーストを久しぶりに食べたら美味しかった」とかなんとか言っていたのをふと思い出したのです。そしたら、急に 遥か昔の記憶が蘇ってきて、ある一人の友の面影で頭の中がいっぱいになりました。その人の名前は船橋さんと言って、私はいつも佳子ちゃんと呼んでいました。彼女は小学生の高学年の時に私のクラスに転校してきました。今でも覚えているのは彼女のスカートがオレンジ色で、子供の目から見てもはっきりと手作りだとわかるものだったことです。彼女はそれ以来学校にはいつもお母さんの手作り服を着てきたのですが、目立っていても気にする様子は微塵もありませんでした。それにみんながびっくりするくらい勉強もできて、しかも図工の時間に先生に褒められるほど絵が上手かったのです。

 私は偶然にも彼女の隣の席だったので、先生から「いろいろ教えてあげるように」と言われていました。それで自然と私たちは話をするようになり、仲良くなっていきました。ところが、どこのクラスにも目立ちがりやでおせっかいの輩はいるもので、そんな人種のひとりと言える清川さんが私にいちゃもんをつけてきたのです。「船橋さんのお世話は私がするからあなたは関わらないで」などと何度も嫌がらせをしてきました。頭にきて、我慢も限界になった私は佳子ちゃんに「あなたとはもう付き合わない。清川さんに任せることにする」と言ってしまいました。

 すると彼女は「そんなことを言うのはおかしいでしょう。私が誰と付き合おうと清川さんには関係ない。だから気にしなくていいんだよ」。今にして思えば、どう考えたって彼女の言う通りでした。それくらいあの当時の私は自分というものがなかったのです。人にとやかく言われるとすぐ気にして、言われないようにおっかなびっくりしていて、まるで怯えている小動物のようでした。彼女に励まされて、考え直した私はもう清川さんのことなど気にしないようになり、私たちは親友になりました。

 中学生になると、幸運にも同じクラスになったのですが、部活動は彼女は卓球部、私はバレー部と別れました。勉強ができる彼女は授業中に先生に当てられると必ず卒なく答えていました。しどろもどろになり呆然としてしまう私とは雲泥の差がありました。世の中には家で勉強しなくても、学校の授業だけですべて理解してしまう人がいるらしいと聞いたことがあります。当時の私は彼女もそのタイプだと信じて疑いませんでした。羨ましくて、自分もああいうふうになれたらどんなにいいだろうか、そんなことばかり考えていました。自分の親友が天才のように感じられ、さぞかし毎日楽しく過ごしているのだとばかり思っていたのです。でもその後何年か経って、久しぶりに再会した時にそれがとんでもない誤解なのだとわかって衝撃を受けるのでした。

 中学を卒業した後高校は別々になったので、私たちは自然と疎遠になりました。お互いに連絡をとりあうこともなく過ごしていたのですが、ある日駅でばったり会ったことがありました。その時は電車の時間が迫っていたし、彼女の方も自分の友だちに声をかけられて、ゆっくりと話をすることができませんでした。でも、それから何年かして、社会人になったとき同窓会で偶然に出会って、昔話で盛り上がったのです。彼女は今は化粧品会社に勤めていて、顧客の美容指導が主な仕事なのだと教えてくれました。あれからどうしてたという話になって、高校時代の話題になったとき、彼女の受けた大学がレベルの低い大学なのに少し驚いたのです。優秀な彼女にはふさわしくないエスカレーター式の女子大だったからです。それでも担任の先生は「私には無理だって言うのよ」などと信じられないことを言って、私の頭を錯乱させました。

 「ねえ、いったいどうしちゃったの?」と思わず聞いてしまいました。あんなに勉強ができたのになぜそんなことになるのか、その理由が知りたくてたまらなくなったのです。すると、彼女は「勉強するのが嫌になったの」というではありませんか。そんな理由ではさっぱりわかりませんでした。中学の時はあんなに勉強ができたし、楽しかったでしょうと畳みかけると「そうではない」のだと言うのでした。

 彼女によると、中学の時はすべてを我慢して、他のことをやりたいのに真面目にやって来た結果、傍目には「勉強のできる子」だと思われていたに過ぎないのでした。羨ましがられて嬉しいはずなのに、本当は苦しかったし辛かったのです。自分で最大限の努力をしているのにも関わらず、学年では5番以内に入れません。自分がどう頑張ってもできることは「あの程度なのだ」と虚しくなった時もあったのです。そんな気持ちに拍車をかけたのは、高校のクラスメートたちでした。彼らは皆いい大学に入ることに余念がありませんでした。すべてを犠牲にしてでも、目標に向かって突き進む彼らは眩しすぎました。そんな彼らの姿を見ていたら、同調する気になれずに「もういいや」と思ってしまったのです。

 私には予想もできなかった胸の内を明かしてくれた彼女は小倉トーストを美味しそうに頬張っていました。私たちは同窓会を抜け出して、近くの喫茶店に入りました。そこでも話が尽きなくて、場所を変えて別の喫茶店でさらに話し込みました。結局、お店の人から「もうそろそろ閉店の時間なのですが」と促されるほど、時間を忘れて濃密な再会を楽しんだのでした。

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