人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

相国モナカはもう買えない

久しぶりに買おうと思ったら、店がなかった

 そのモナカと初めて出会ったのは、都心のデパートの食料品売り場だった。買い物客で混雑し、有名店が立ち並ぶ中でひときわ目立っていたのは相国紀の国屋だった。店のショーケースの前には順番を待っている客が大勢いた。この店の名前を聞いたことがなかった私は、これはいったい何だろう?と思った。それにお菓子の中でモナカがたいして美味しいものだとは思えなかったので、正直言って冷めた反応しかできなかった。それで、少し目前にいる客の様子を観察することにした。客が次々と注文するのは特定の商品で、それも相国モナカなのだとわかった。

 では相国モナカとはどんなものなのだろう、これだけの人が買いに来るのだから、当然相当美味しいに違いない。その時はちょうどお盆前で帰省の時期だった。田舎に一人で暮らしている義姉のミチコさんへの手土産にすればいい。とりあえず私も行列に並んでみることにした。何を買うかはさっぱり分からないが、皆が注文するのと同じモナカにしようと決めていた。少し待つとやっと私の番が来て、ウインドウの中にある相国モナカを一目見たら、その大きさに仰天した。5cm四方はあると思われる正方形でおまけに厚みもあった。どう見ても普通の最中の2倍はある。こんなに大きくて、最後まで食べられるのだろうかと少し不安になった。店員さんに「何個入りがよろしいでしょうか」と聞かれたので、一番数の少ない12個にした。それからモナカの味は小豆と栗あんの2種類あるという。ミチコさんは栗が大好きなので、小豆と栗を半分づつ入れてもらうことにする。

 相国モナカは人気があるから美味しいとは思うが、実際に自分で食べて見ないことには本当のところは分からない。”何事も百聞は一見にしかず”と世間でも言われている。大丈夫だとは思うが、果たして美味しいのか、そうでないかが分からないものを人にあげるのは気が引ける。それで12個入りのモナカのほかに自分用にバラで小豆と栗あんをひとつづつ買った。店員にモナカが入った紙袋を受け取ったら、ずしりと重かったので「あれ~!?」と思ったのは意外だった。

 家に帰ったら、重い!と感じた理由がすぐにわかった。相国モナカは見かけも大きいが、中身も半端なかった。つまり、モナカの皮の中にこれでもかと言うくらいあんこがたっぷり詰め込まれているのだ。隙間なくぎっちりと入れられた小豆餡や栗あんはあんこ好きには堪らないといえるだろう。一度食べたら、病みつきになるのは頷ける。だが、悲しいことに私はそれほどのあんこ好きでも何でもない。なんとか頑張って相国モナカを一個完食しようと思ったが、徒労に終わった。あんこが甘すぎて、その量の多さに恐れをなしたのか、もう参りましたとなった。口の中が大甘で耐えられなくて、勘弁して欲しかった。私にとっては相国モナカはどう考えても美味しい物ではなかった。

 こんなに大きくて、しかも甘ったるいモナカを果たしてミチコさんは気に入ってくれるのだろうか。もうすでに買ってしまったので、持って行くしかないが、明らかに失敗だと思っていた。仕方がないので、「これ買ってみたけど、美味しいかどうかわからないよ」と言い訳をしながら渡した。ところが、甘ったるいのが大好きで、栗あんに目がないミチコさんは物凄く喜んだ。特に小豆よりも栗あんのどうしようもない甘ったるさがたまらないと宣った。その言葉を聞いて、ひとまず胸をなでおろしたものの、甘さ控えめが好きな私には気持ち悪いとしか思えない。

 それ以来、帰省の土産は相国モナカだったが、コロナ禍になってからは都心には行かなくなった。先日、2年ぶりに買ってみようと思って、ネットで検索した。すると、「相国紀の国屋は5月16日をもって廃業しました」と出ていたので仰天した。コロナで足が遠のいたのはどうしようもないが、まさか店がなくなるとは思いもしなかった。いつでも買える、あそこに行けば店があると言うのは身勝手な幻想だったのかもしれない。ただ、まだ希望もあるにはある。それは「あの味が無くなるのは惜しい」というお客さんの要望に応えてある会社が復活の声をあげていることだ。前の店で相国モナカを作っていた職人たちを雇用して、新たに別の店を立ち上げる計画を立てている。

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