人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

くまとやまねこ

大人にインスピレーションを与えてくれる絵本

 昨日の夕刊を読んでいて、思わず懐かしい!と叫んでしまった。絵本の「くまとやまねこ」のことが書いてあったからだ。2008年に出版されたこの絵本はその独特な画風で世界的に注目される画家の酒井駒子さんと作家の湯本香樹実(ゆもとかずみ)さんとの共同制作によって生まれた。当時としては話題の本で、発行部数20万部にもなるベストセラーにもなった。実を言うと、私は湯本さんの名前は記憶の隅にもなく、ただただ、酒井さんのあの陰影のある絵の世界に引き込まれたことしか覚えていない。酒井さんが子供向けの絵本で描いている挿絵は子供の愛らしさが前面に出ていて、いつまでも見ていて飽きない。

 だが、ひとたび場面が変われば、その絵は陰影に富んでいて、見る者を不安にし、あるいは何かあるのではとインスピレーションを感じてしまうのだ。可愛いだけではない、奥深さに人はいつの間にか惹きつけられてしまう。酒井さんの絵は一度見たら,忘れることはなく、忘れたかにみえても、どこかで再び出会ったら、すぐにあれだ!と思い出すくらい、強烈な印象を残さずにはおかない。

 昨日の新聞の記事に載っていたのは、湯本さんの話題で、また同じコンビで絵本を出版したとのこと。絵本のタイトルは『橋の上で』で、主人公のぼくが「橋の上で川の水をみている。本を盗んだと疑われたり、上着をゴミ箱に捨てられたりして、川に飛び込んだらどうなるだろうかと考えている。そこに雪柄のセーターを着たおじさんが現れて、不思議なことを教えてくれる」のだ。こう書いている今も、本屋に飛んで行って、早く酒井さんの挿絵を見てみたい。いや、立ち読みしただけでは飽き足らず、もしかしたら、買ってもいいとさえ思ってしまうかも。それくらい、いくら眺めても飽きない、深みを感じてしまう絵の力に圧倒される。

 さて、「くまとやまねこ」の話に戻ると、なにぶん10年以上も前のことなので、あらすじを正確には覚えていないが、絵本が何を言おうとしているのはちゃんと記憶に残っている。ある森の中にある家でくまはことりと仲良く暮らしていた。くまにとってことりはなくてはならない大切な存在だった。くまとことりはいつも一緒でその幸せは永遠に続くかと思われたが、ある日の朝、クマが起きてみるとことりは死んでいた。

 くまは深い悲しみに沈んで、家の外に出て来なくなった。そんなくまを心配して森の動物たちが家を訪ねてくまを慰める。だが、だれひとりくまの本当の悲しみ、辛さをわかってくれようとはしない。皆言うことは同じで、「君の悲しみはようくわかる。でも早くことりのことを忘れたほうほうがいいよ」だなんて、無神経なことばかり。「悲しみから立ち直る一番いい方法は忘れることだよ」とか、「ことりを失った悲しみは時が解決してくれるよ」とか、勝手に言いたい放題。ことりとの大切な思い出を忘れるなんて、できるはずないじゃないか、とくまは憤る。

 今の自分の気持ちを誰かにわかってもらいたかったが、到底無理なのだと諦めた。それ以来外出することなく、くまは家の中でことりとの思い出に浸って暮らしていた。どれくらい時間が経っただろうか、ある日、ふと誰かが言っていたことを思いだした。それは「君の気持ちわかるよ」という一言で、その後で「忘れたほうがいいよ」だなんて無茶なことは言わなかった。あれは誰だったっけ、たった一人だけくまの気持ちに寄り添って、無粋なことを言わなかったのは、たしか、そうだ、あれはやまねこだった。

 その瞬間、くまの心に「やまねこはどうしているだろうか。会いに行ってみるか」という外への好奇心が芽ばえた。心にいつの間にか引っ掛かっていた、やまねこの一言がくまを久しぶりに外出する気にさせたのだ。それまではくまは自分とことりのふたりだけの狭い世界に生きていた。それが、やまねこの一言でくまの心は外へと開かれた。くまはことりの死を忘れたのではなく、本当の意味で受け入れたと言える。

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