人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

脳梗塞?を身体からの警告と受け取る

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どうなっても悲観はしない

この間書いた、朝ふらついてうまく歩けなくなった知人のことですが、他人事ながら気になったのでちょっと電話してみたのです。脳梗塞になっていても不思議ではないと言われたそうで余計心配になったのです。知人に「その後具合はどうなの?」と尋ねると、まだ症状は出ているので仕事は辞めることにしたとのことです。正直言ってこのさきどうなるか自分でもわからないけど、どうなっても悲観はしないと決めたと言います。今は朝はふらつきはなくなったけど、昼間身体がふわふわして疲労感が半端ないのだとか。でも家にいると身体がなまってしまうので、これまで日課にしていたウォーキングを続けているのだと言います。病院からめまいを止める薬を1週間ほどもらって飲んでいるけど、それが効いているのかどうかはわからないそうです。ただ夜は本当に熟睡してよく眠れるのでうれしいのだと言います。

いきなり一喝されて

職場から電話で「明日は出られますか」と電話がかかってきたとき、「これからどうなるのかわからないし、もう仕事はできないので辞めたい」と言えたことでほっとしました。知人は「辞めたい」の一言が言えなくて、それでも自分の限界まで頑張ろうと思っていたのです。職場の人数はぎりぎりだし、サービス残業は暗黙の了解で誰も抗議できない状況です。今の仕事の面接のとき、知人は長く務めた仕事を職場の人間関係が原因で辞めて、有給休暇を消化したころでした。ちょうど働きたい意欲がむくむくと沸き起こってきたころで、これまでやったことのない分野に飛び込んだのです。それなのに、いざ仕事をしてみるとほんのささいなことで一喝されるなんて信じられません。知人の仕事は気性が荒いとか性格がきつい人たちがほとんどだと噂される業界で、要するに「強いものだけが生き残れる世界」なのです。だから、どちらかといえば強くはないおとなしい性格の知人には無理があったのです。

慣れるどころか毎日心がざわつく

栄養士には、「あなたの仕事は食事の配膳であって訪問者の応対ではない」と一喝されました。同僚はといえば、性格がきついひとばかりで馴染めなくて、知人は慣れない仕事にひとり悪戦苦闘するしかなかった。自分から相手との距離を縮めようとコミュニケーションを取ろうと努めました。その時は雰囲気はいいのですが、仕事になると人が変わり声を掛けずらくなってしまいます。そのうち毎日の叱責にも慣れて、自分がどう思われるかを考えることもなくなりました。仕事に行く前には気合を入れて笑顔を作らないと出かけることができなかったのです。そんな心がざわつく日々が続いたかと思ったら、先日朝起きるとふらついて歩けなくなりました。

身体からの警告と受け取る

「身体の具合は悪くなったし、職場には迷惑かけたけど、正直いって私は今幸せなの」と知人は言います。何よりも行きたくないところに行かなくていいからうれしくてたまらないのだとか。身体がふらついてもう頑張れないから、多くを望まなくていいのだと。自分でも仕事がかなりのストレスになっていたのだと、辞めてみて初めて自覚できたのです。だから自分のふらつきの症状は「身体からの警告」と受け取って仕事をやめることを決断しました。今年の初めに「またつらい毎日が続くのか」なんてつい考えてしまって、あわてて否定したとか。そんなにも心に重くのしかかっていたのですね。身体と心は密接に関係していて影響を及ばさずにはいられないのです。

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