人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

クチナシの花

 

今週のお題「最近あった3つのいいこと」

最近あった3つのいいこと

 まず、一つ目は紫陽花以外の花の美しさに気付いたこと。例年よりも信じられないほど早い梅雨明けに面食らって、周りをみたら、紫陽花が枯れていた。これから見ごろを迎えるという時に突然の死刑宣告をされたみたいに無残な姿になっていた。雨に濡れてつやつやと輝いている紫陽花が大好きだった。朝の散歩の度にその痛々しい姿を見るにつけ、嘆いてばかりいたが、ある日すぐ側に元気な花が咲いているのを見つけた。背高のっぽで、ぐんぐん成長して、私の身長の158cmをはるかに超えてしまった。花は清楚な白い色で真ん中に小さなピンクのアクセントが付いている。この花は太陽の光を目いっぱい浴びて、すくすくと育っている。花の名前を知りたくて、ネットで検索したらムクゲだった。

 その他にも、葉っぱだけで終わりと思っていた木に花が咲いているのを見つけた。その花は白くて、ふんわりしていて、これは何だろうと気になった。花の名前はクチナシで、あの有名な歌謡曲の『くちなしの花』のクチナシだった。今までそんなことはどうでもいいと思っていたが、どんな花かなんて気にもしなかったが、「これがあのクチナシ!?」とやたら感激した。なんだか一大発見をしたかのような気分になってしまったが、同時にあの歌の歌詞のサビの部分を思い出した。♬くちなしの白い花 お前のような花だあった~♬ つまり、目立たなくて、ひっそり咲いている。人を惹きつける強烈な魅力はないけれど、私が思うにはとても可愛い花だ。正直言って、写真に撮ってブログに載せるにはなんだか存在感がないので躊躇してしまった。白い花自体が今の言葉で言うと、”映える”ことが難しいし、私のような素人ならなおさらだ。でもよく観察してみると、クチナシの花はつやつやの緑のなかで、その白さを存分なく発揮している。「あれ、こんなところに白いものが・・・!?」と人を振り向かせて、「私はここに居ますよ」と主張しているかのようだ。

 二つ目は散歩中の犬の行動に思わずクスリとして笑顔になれたこと。朝の散歩中に犬の散歩をしている人によく合うが、今まで犬は飼い主の言うことを聞くのが普通だと思っていた。見たところ飼い主はさっさと犬の散歩を終えて家に帰りたい人が大半のようだ。毎日の日課を滞りなく無事終わらせたいと思う気持ちはよくわかる。それで犬が少し草むらに寄り道でもしようものなら、ササッとリードを引っ張って「ダメ、早く帰るよ」と制止するので犬も仕方なく言うことを聞くのだ。しかし、先日見た犬は違った。その犬は「もう嫌だ、疲れた」と言わんばかりにその場に座り込んで動かなかった。もっとも休む場所を犬の方もちゃんと心得ていて、スーパーの真ん前にある街路樹の木陰でとても涼しいところを選んでいた。聞くところによると、夏のアスファルトの温度は想像を絶するほど高く、犬の肉球は火傷しても不思議ではないそうだ。

 犬の飼い主さんは愛犬の行動に苦笑いして、諦め顔で自分も植え込みの空いている場所に腰を下ろした。犬の散歩の休憩なんてないと思っていたが、犬がバックレたらあり得るのだとわかった。まだ他にもある。それはふたり連れの親子が犬を連れて横断歩道を渡っていたとき、もう少しで渡りきろうとする手前で犬が突然動かなくなった。一緒に渡っていた私は、どうしたのだろうと不思議でならなかった。飼い主さんがリードを引っ張っても、犬はガンとして動かなかった。でもすぐにその訳が分かった。生理的欲求のために犬は動けなくなったのだ。犬はその場にしゃがみ込み、黄色い水が道路に流れた。犬は「したい」と思ったら、人間のように少し我慢をすることができない動物らしい。たとえ、その場所が横断歩道の真ん中であったとしても例外はないのだろう。

 三つ目のいいことは私自身のことだ。数日前から肩が痛くて、頭が痛くて、吐き気もあって体調がすこぶる悪かった。それでも普通に生活できていたので、大丈夫と楽観していた。だが、二日前の夜お風呂に入って出てきて、布団に横になったら、肩のあたりがずきずき傷んで、とても眠れない。翌朝かかりつけの診療所に行って診てもらったら、筋肉痛との診断だった。1週間経ってもよくならなかったら、注射を打ちましょうと先生に言われたが、できることなら打ちたくはない。痛み止めと湿布を貰って帰って来たら、少しずきずきも収まって、その日はぐっすりと寝られた。当たり前のことだが、普通に夜寝られることが、今の私の三つ目のいいことだ。

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