人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

揚げパンが楽しみだった

なぜ、あんなにも揚げパンが好きだったのか

 給食で思い出すのは、なんと言っても揚げパンだ。当時私の住んでいた地域では中学校は弁当で、小学校だけが給食だった。だから給食の記憶はかなり薄れているのだが、それでもすぐに頭の中に揚げパンが浮かんだ。かなり強烈なインパクトがあったらしく、揚げパンのことを想像すると、ドーナツのような甘い匂いがプ~ンと漂ってくる気がする。今では学校によっては給食センターから給食が運ばれてくるのだと聞いたことがある。私の小学校では学校の中に調理室があって、給食のおばさんが毎日一生懸命私たち生徒のために給食を作ってくれていた。当然美味しい匂いも教室に入り込んできて、お腹が鳴って授業どころではなくなった。

 パンを揚げる香ばしい匂いと砂糖の甘ったるい匂いが交じり合って、美味しいハーモ二ーを奏でていた。あの揚げパンのパンはもしかして、コッペパンだったのだろうか。記憶の中では”パンを油で揚げて、砂糖を塗しただけのもの”とだけ思っていたが、それは私の単なる思い込みに過ぎないように思えてきた。どう考えてみても、それだけの手順ではあんなに美味しくなるわけがないのだ。表面がカリカリで、サクサクしている。一気にかぶりつくと、(だってまさか揚げパンを手でちぎって食べる子なんていなかったし、)サクッとした音がして、口の中は揚げパン独特の美味しさでいっぱいになった。

 揚げパンはアルマイトのお皿からはみ出るほど、大きかったのも嬉しかった。当たり前のことだが、食べていればそのうちに無くなってしまう。だから、せっかくだから、ゆっくりと揚げパンの美味しさを味わった。クラスでは毎月最後の週になると、翌月の給食の献立表が配られた。すぐに揚げパンの日はいつか探すのだが、悲しいことに月に一度あればいい方だった。揚げパンの出る日に赤丸をつけて、その日を楽しみに学校に通った。子供にとっての学校に行くためのモチベーションのひとつになっていた。

 なぜ、あんなに揚げパンが好きだったのだろう。その理由は単純明快で、食パンがたいして美味しい物ではなかったからだ。それなのに給食では3枚もでた。1枚で足りるのに、あまり食べたくないのに、強制的に食べなければならなかった。今から思えば、世の中には食ベ物がなくて、死んでいく人もいることを考えると贅沢なことだ。だが、やはり子供にとってはある意味苦痛だった。不平不満が溜まっていたのも無理はない。だからこそ、月に一度の揚げパンは日頃の不満を一気に解消する救世主のような存在だったのだろう。もし、現在の自分がタイムマシンに乗って、あの時代を体験しに行ったらどうだろうか。果たして私はあの揚げパンを美味しいと感じるだろうか。

 揚げパンのことを時空を超えて思い出したら、当時の教室の場面がだんだんと蘇ってきた。給食の時、男子はいつも牛乳早飲み競争をしていた。男子は嘘みたいに給食を食べるのが速い。当然自分の牛乳はすでに飲み終えているから、牛乳が苦手な子や、欠席の子の分を飲んでは面白がっていた。男子の食欲はまるで熊のように底なしらしく、余った分のおかずを気持ちいいほどの勢いで平らげていた。給食は誰にとっても至福の時間だった。

 子供にとっては給食は一日の中で最も楽しい時間のはずなのに、最近は「以前と比べると、楽しくない」と言う子供が多いそうだ。給食の時間は会話禁止なのだから、そう感じるのも無理はない。そんな非日常の状況にあっても、子供はそれなりにちゃんと面白いことを考えていると話してくれたのは知り合いの小学校の先生だ。「子供のすることはわけわからん」が、それだからこそ面白くて可愛いのだと感じる。例えば、給食のおかずの煎り鶏にお茶をかけてみたり、(何やってるんだ!)乳酸飲料の容器の底に穴をあけて飲んでみたり(何を考えているんだ!)と子供なりに楽しくしようと頑張っているのだ。だから、一日でも早く以前のような楽しい給食の時間が戻ってくることを願ってやまない。

mikonacolon

 

 

 



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