人生は旅

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親切な不動産屋さん

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

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新参者の私を安心させてくれた、あの時のお兄さん二人

 若い頃、東京の大学に憧れて上京した私にとって、都会は右も左もわからない怖い所でした。それでも、「きっと見たこともない景色が見られるに違いない」という好奇心に駆られて、勇気を振り絞って出て来たのでした。あの日どうしてあの駅に降り立ったのか自分でもわかりませんが、とにかく山手線の駅ビルが見える駅で下車しました。店のショーウインドウに心惹かれたのか、あるいは心に引っかかている何かがそうさせたのか。駅を出るとすぐに坂道が続いていて、そこには飲食店や衣料品店、食料品店等が軒を連ねる商店街がありました。ふと見ると○○不動産の看板が目に留まりました。「そうだ、部屋を見つけるんだった!」肝心なことを思いだしたのです。扉を開けて中に入ると、そこには若者が二人いて、彼らは満面の笑みで私を迎えてくれたのでした。その時の私の心境から言えば、たとえ赤の他人の不動産屋の人たちであっても、あの微笑みは私を安心させてくれたのです。当時の私の年齢から言うと、彼らは私にとって「お兄さん」に近い存在でした。

 そして、私が「アパートを捜している」と言うと、「今、ちょうどいい部屋がありますよ」と物件の説明をしてくれました。そこは静かな住宅街にあって、大家さんもとても親切でいい人だから心配しなくていいと強く勧められました。「もしよければ今から見に行って決めたらいい」とまで言ってくれて、車まで回してもらいました。車ですぐのアパートは日当たりのいい2階建てで、1階には初老の男性が住んでいて、その人が大家さんでした。お兄さんたちと一緒に大家さんのお宅で煎れたてのコーヒーをご馳走になりました。それまでコーヒーは苦いだけであまり美味しくない物としか思えませんでした。この時初めて私はコーヒーがこんなに美味しい飲み物だということを知って感激したのです。彼らが親し気に話す様子を見ていたら、「ここなら、住んでもいいかもしれない」と思えてきました。

 「ここに決めます」と言うと、「いつからにしますか?」と尋ねられました。その時私は思わず本音を漏らしてしまったのです、「今すぐにでも住みたいのですが、いいですか?」。当時の私は、事情があって、住んでいた友達の家を追い出されたばかりで行くところがありませんでした。本当のことを言ってしまって、「やっぱりまずかったかなあ」と一瞬後悔しました。でも全く心配することはありませんでした。こちらの話したくもない事情などに一切触れることなく、「それなら、まずは布団を何とかしなきゃね、あとは少しずつ揃えればいいから」、そう言って私を安心させてくれました。それからは商店街に連れられて行って、布団一式を買った気がします。今でも覚えているのは、届けてもらった布団にもたれていたら、まるで安住の地を見つけた旅人のような気分になったことです。

 思いもしなかった幸運のおかげで、親切なお兄さん二人に助けられたあの日、そうなんです、あの日からすべてが始まりました。たくさんの人とのつながり、例えば、アパートの住人や商店街にあるアルバイト先の人たち、お客さんたちと知り合って私の世界は想像以上に広がったのです。

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