人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

「正月の帰省は観光旅行ではない」に納得

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正月こそ帰省と思っていたら

 先日、朝日新聞の「声」のページに載っていた投書にこんな意見がありました。「正月の帰省は観光旅行ではない。一年の初めの、家族の大切な行事だ」。ちょうど政府が年末のGO TO TRAVELを一時停止するのを発表した後でした。この投書の主は60代の女性の方で、帰省と観光旅行を一緒にするなと怒っておられるのです。この方の鋭い指摘に、同じ様なものだとばかり認識していた私は恥ずかしい限りです。考えてみると、旅行は自分本位の楽しみで行くもので、今のご時世でいえば不要不急のものにちがいありません。感染が拡大しているのに、現状を無視してまで行くのは自分勝手でしかありません。一方で、帰省は家族の年の初めの一大イベントで、不可欠なものと言いたいのです。

 思えば、感染予防のための自粛については最初のうちは今だけ我慢すればいいのだからと思っていました。それなのに予想外に長引いてしまっています。年が明けると、もう少しでこのSFの世界なのではと錯覚してしまう状況は1年になります。こんなにコロナ禍での自粛が長引くと、いつの間にかメンタルが殺られてしまいます。どうしようもなく不安で、先が見えない世界に生きているのですから、仕方がないことです。希望に満ちているはずの若者でさえ、そうなのですから高齢者はなおさらです。そんな高齢者の方たちにとって、自分の子供や孫たちと会えるのは心の支えになるのは間違いありません。その絶好の機会であるお盆や正月の帰省は待ちに待ったものでしょう。でもその願いはかなわず、機会を奪われた方たちはどうすればいいのでしょうか。

 この先いつまで生きられるのかわからないのに、会う機会を奪われたのですから奈落の底に突き落とされたも同然です。それで、投書の女性は、年末年始の事情など誰が考えても予想できたことなのに、刹那的な、突然の「GO TO停止」に呆れているのです。高齢者の方たちの落胆ぶりにはいっこうに関心がないのかと問題提起をしているのです。

PCR検査で陰性を証明して田舎へ

 自粛のために5月の連休もお盆も帰省を諦めた、でももう限界だ、正月こそは絶対帰省するぞと、思うのが人間なら自然ではないでしょうか。最近はPCR検査も民間で手軽にできるようになった今、陰性だと証明できれば帰省へのハードルは下がるはずです。昨夜の報道番組では東京駅のホームで乗客へのインタビューをしていました。小学生の子供を田舎に行かせるため、母親が見送りに来ていました。年老いた両親が孫に会いたがっているので、PCR検査を済ませた上で行かせることにしたそうです。年が明けたらまたこのホームに迎えに来る予定だそうです。その人があまりにも堂々と質問に答えていたので、私は驚いてしまいました。PCR検査が陰性だと言うだけで、後ろめたさを払拭できるのだろうかと違和感を抱いてしまったのです。

 政府が年末のGO TOの一斉停止を決めても、投書の女性は「帰省も禁止とは思っていない」とはっきり言っておられます。ただ、心のブレーキは掛かったままだということには変わりはないそうです。それに田舎で待っている方の人達はどれだけやきもきしていることか。コロナ禍にあってどう行動すべきか、それはもはや個人の問題なのです。人生において、時間が限られている人とまだ十分にある人とでは、選択肢の幅が違ってきます。結局、今何が一番大事かで、人の行動は決まってくるのではないでしょうか。

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