人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

またやらかしてしまった

カードが届いてひと安心、だが玄関先で鍵がない!

 先週の金曜日、やっと待望のクレジットカードが届いた。実を言うと、ほとんど諦めかけていて、今月中に来なかったら、またコールセンターに電話しようと思っていた。コールセンターに問い合わせをしたのが3月6日で、あれから日数を数えたら、11日目に更新カードが届いたことになる。有効期限が23日なので、何とか間に合った。カードを受け取り損なうと、しなくてもいい心配とひやひや感を味合うことになるのだとわかった。よく考えてみると、もっと早く電話をしていたならとも思うが、”果報は寝て待て”とばかりに高をくくっていたのだからどうしようもない。

 そもそもカードを受け取れないのが自分のミスだと指摘されたので、相手に突っ込んで聞きたいことを聞くことができないでいた。つまり、相手の言う「カードが戻り次第発送しますので、1週間から10日程度お待ちください」との言葉を素直に聞くしかなかった。本当は、カードはいつ頃戻って来るのかとか、カードが戻ってきてから、届くまでに1週間から10日程度かかるのかとか、その辺のところを詳しく根掘り葉掘り聞きたかったのにできなかった。だが、今カードが手元に実際に届いたところからすると、3月6日からの日数だったのだと合点がいった。もしかしたら、あのコールセンターの係りの人は、ただ漫然とカードが戻ってくるのを待つのではなくて、郵便局に問い合わせをしてくれたのかもしれない。もちろんこれはあくまでも私の想像でしかないだが。いずれにしても引っ越しなどで住所変更したら、念には念を入れて確認をする必要があるのだと改めて思う。

 更新カードが届いてやれやれと思ったが、その翌日、ありえないようなひやひやものの体験をした。いつものなんてことのない休日の土曜日が、冷や汗タラタラのとんでもない地獄の日になるところだった。その日私はなにかに飢えていて、心にもお腹にも満たされないような空虚感を抱えていて、それを解消するためにスーパーに買い物に出かけた。そのスーパーもいつも行くスーパーには飽き飽きしているので、少し離れたところにある高級スーパーにたまには気分転換にいいかと行くことにした。そこで、ハーフサイズのマルガリータピザ、ナスとオクラのみそ炒めとチーズチキンカツを買って、持参したレジ袋に入れ、それをさらにエコバッグに入れた。

 家に帰る途中、歩いていてなんだかピザのことが気にかかって仕方がない。レジ袋の中でピザがひっくり返ってとんでもないことになっているのではないか、みそ炒めのたれがパックの隙間から垂れて、ピザに絡みついているのではないかとあらぬ妄想で頭の中がいっぱいになった。とても気にはなるが、道端で”店を開く”わけにもいかないのでひたすら歩いて家路を急ぐしかない。さて、何とか家の玄関までたどり着き、バッグからカギを取り出そうとした。ところが、ところがであるその肝心のバッグがない。万事休すである。一瞬目の前が真っ暗になったが、ようく自分の行動を思い出してみた。

 実はスーパーに行く前に書店に寄って、NHKのラジオテキストを買ったので、その特まではバッグは私の腕にかかっていた。となるとスーパーで買ったものを詰める時に置き忘れたに違いない。何たる唐変木、ぼうっとしているにもほどがある。もっとしっかりせんかい、とダメな自分に自分で活を入れたくなる。動揺のあまり絶望感に浸って固まっている場合ではない。善は急げとスーパーに向かって速足で歩いた。こんな時はたいして遠くもないスーパーへの道がやたら遠く感じてしまうからやるせない。バッグを取り戻したい一心で気持ちの方がはるかに先走るが、その一方で、頭の中は最悪の事態を考えていた。思えば、バッグの中には健康保険証、定期、クレジットカード等々の失くしたら、面倒なことになるものが入っていた。お金は大した金額ではないから諦められるなあだなんて、万一バッグがなかった時にショックを受け入れる準備をしていたのだ。

 スーパーに着くやいなや、レジのところに立っていた店員さんにバッグの忘れ物がなかったかどうかを聞いてみた。すると、待ってましたとばかりに「ありますよ」と答えてくれたので、身体から張り詰めていた力が抜けた。高ぶっていた気持ちが安堵に変わった。少し恥ずかしい気はしたが、その店員さんに心を込めて「ありがとうございました」とお礼を言った。いつもなら、すぐに忘れてしまうくせに、その日はさすがに玄関を目の前にして鍵がなかった時の絶望感が尾を引いたのか、大好きな夕刊も玄関ポストから取らずじまい。やたら「疲れた」と繰り返し、夕飯を食べてさっさと寝てしまった。

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