人生は旅

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泣きながら食べたそうめん

今週のお題「そうめん」

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 友達が失恋して食べたそうめんの味は

 上京して一人暮らしをしていた若い頃、私は一人の女の子に出会いました。その子は初めて会ったときはすごく若く見えて、自分よりも年下だとばかり思いました。小柄でショートカットのボーイッシュな雰囲気がそう思わせたのですが、実際は20代後半の女性でした。彼女とは地元の美術専門学校に通っていた友達の紹介で知り合いました。彼女の住んでいる部屋に遊びに行くと、天井からはドライフラワーが垂れ下がり,壁一面にポスターやイラストが飾ってありました。ふと見るとテーブルの脇には描きかけの油絵のキャンバスがあって、絵の具が無造作に置いてありました。自分の部屋が何もないのとは対照的に彼女の部屋はとても賑やかで物で溢れていました。どうやら、お気に入りの物で部屋を飾るのが好きなようで、街で掘り出し物を見つけるとすぐに買ってしまうのでした。ろうそくに火をつけるとメリーゴーランドが回りだす仕掛けになっている燭台もその一つでした。炎に包まれる中を金と銀の木馬が駆け回るのを見て、「綺麗ね」と言ったらとても嬉しそうな顔をしたものです。

 私たちは毎週末彼女のアパートで過ごすようになり、私が遊びに行くといつもご飯を用意して待っていてくれました。料理は大好きなようで、揚げ物や煮物などバラエティーに富んだメニューで私を満足させてくれました。でもしだいに日差しが強くなり、暑さが増してくる夏になると、食欲がなくなりました。火照った身体がどうしても冷たい物しか受け付けなくなるので、そうめんをよく食べていました。扇風機のつまみを強にして、ブ~ンブ~ンと唸り声をあげる中でツルンツルンと二人でそうめんを啜って涼んでいました。幸か不幸か彼女の部屋は北向きで直射日光の洗礼を受けずに済んでいて、風通しもよかったのであの部屋に居られたのです。

 いつだったか、恋愛の話になったとき、彼女が「年下しか好きになれないの。おじさんは無理」と言ったので仰天してしまいました。普通の女の子が漫画に出て来る王子様のような男性やかっこいいアイドルに憧れるのはわかります。でも、それはあくまで趣味というか妄想の中での話です。現実には結婚相手はおじさんであっても何ら問題はないのです。そんな風にステレオタイプのカチンカチンに凝り固まった考え方しかできなかった私は彼女の発言に衝撃を受けたのでした。よく聞いてみると、彼女は年下というか、それも外見の若さや美しさにとてもこだわりを持っていました。はっきり言って、世の中には年を取っていても若く見えてカッコイイ男性はわずかしかいません。だから当然彼女の恋愛対象は年下の若さが眩しいような男の子になるのです。

 でも、外見さえ良ければいいのとかと疑問に思った私は自分の姉の話をしました。姉も見映えのいい男性が好みだったのですが、親に薦められて仕方なくお見合いをしまいした。気が進まない姉はわざと待ち合わせの場所に遅れて行きました。もう怒って相手は帰ってしまったと思い、「やっぱりね。これでよかった」とホッとしました。ところが、あろうことか、人の好さそうなじゃがいものような男性が目の前に座っていたのです。姉は結局その男性の穏やかで真面目な正確に惹かれて結婚したのでした。

 そんな外見よりもまずは中身なのだという話をしても、彼女にとってはやはり第一印象が大事なのです。そんなに外見にこだわっていたら「到底結婚なんて無理だと思うよ」ときついことも言いました。そのことは本人もよくわかっていて「だから結婚はおろか、付き合う相手もいないのよね」とため息をつきました。その頃私たちはたまに近所の店に飲みに出かけていました。そこの店のカウンターにいつもいる若い男性が爽やかでなかなかイケメンでした。店主の隣でいつもニコニコしている彼を彼女は好きになりました。でも今の肉食の女性のように告白したりする勇気はなく、片思いをしていたのです。

 夏の日の午後、私が自分のアパートでぼんやりしているとノックの音がしました。誰だろうと思って開けてみると彼女でした。「どうしたの?」と言おうとしたら、突然えらい剣幕で怒りだしました。何のことやらわからず戸惑っていると、「今日約束したはずなのに、なぜ来なかったの?」。約束なんてした覚えがないけれど、忘れていたのならごめんと素直に謝りました。それなのに涙が一粒ポロリと落ちたかと思うとわぁっと泣き出してしまったので仰天しました。「何も泣かなくてもいいのに」と内心思ってはみたものの、「ごめんね」と何度も謝るしかありません。でも、その涙には別の理由があったのです。あの居酒屋の爽やかな彼が、綺麗な女性といるのをスーパーで目撃したのでした。あっけなく彼女の片思いは終わったのですが、こんな時どうやって慰めていいのか言葉が見つかりません。ようやく口から出た言葉が「こんな時は肉を食べると元気が出るんだよ」。

 でも、さすがに暑くて肉は喉を通りそうもないので、それならそうめんと一緒に食べればいいと思いました。泣き顔の彼女がそうめんを口に入れてツルツルと啜っています。「無理矢理にでも食べて元気出さなきゃ」と励ます私に彼女が小さな声で言いました、「こんな時なのに美味しい!」と。

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