人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

数学の得意な人が羨ましい

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世の中の現象はすべて数式で表すことができるらしい

 以前私は自分の無知さ、ダメさ加減を嫌と言うほど感じた経験をしたことがあります。あれはいつものように朝新聞を読んでいて、ある新刊書の広告の欄に目をやったときでした。そこに何やら面白そうな宣伝文を見つけたのです。「夜空に輝く無数の星が奏でる夜話に今宵は耳を傾けてはいかがでしょうか」、こちらの心をくすぐってくるような魅力的な文句に惹かれてしまいました。ちょうどコロナの流行のせいで閉そく感で窒息しそうになっていた私は、そうだ、遠いかなたの星の世界に想いをはせてみたらどうだろうか、きっといい気分転換になるだろうと単純に解釈したのです。未知なる星の物語を堪能する、それもロマンに浸ることしか考えていなかったのですから、お目出たいというしかありません。その本は出版されてすぐに「たちまち重版」になったそうで、それはたぶん専門家が初心者にもわかりやすく書いてくれているからだというのです。

 いったいどんな話なのだろうと早く内容を知りたくて、好奇心で胸がうずきました。新聞の広告文を切り抜き、絶対置いてあるだろうと思われる大型書店に行きました。早速、店の入口にある検索機で調べてみると、在庫ありと出ました。念のため情報を印刷して科学部門の階へと急ぎました。おかげでお目当ての本は簡単に見つかり、ドキドキしながら手に取りました。本の装丁が群青色でまるで夜空のように感じられ、微かに光っているのは星の光のようにも思われました。本を開いたら、時空を超えた壮大な世界が広がっているはずでした、でもここで私の妄想は終わりを告げました。実際にその本を読んでみたら、自分の知らない世界、それも数字がやたら出て来て、理解不能の領域に迷い込んだようなものでした。つまり、数学の知識を持たない者は中には入ることもできないし、先には進めないのです。地球からある星までの距離は何メートルで、光の速さは○○だから、公式に当てはめると云々とかの計算の連続で、星のロマンとは程遠いのです。たちまち私は夢から醒めて、自分の置かれた現実を直視するしかありませんでした。今更後悔しても遅いのですが、思ってしまいました、もう少し真面目に勉強しておけばよかったのにと。当時は数学なんてなんの役にも立たないと決めてかかっていたのですから愚かでした。

 そして、大人になって、もう若くない年齢になって知りたくもない事実を知ってしまったのです。つまり、日常生活で起こる現象はすべて数式で表されるということを。その一つのきっかけとなったのはコロナウイルスによる感染症で、感染者数の予測も簡単にできてしまうのです。数学の力を借りれば、ある公式が生み出されて、それに当てはめればいいのです。私に一番最初にこの厳然たる事実を教えてくれたのは、『コロナの時代の僕ら』の著者パオロ・ジョルダーノでした。もっとも始めは戸惑いだけで、著書を買って何度も繰り返し読んでようやく納得できたのでした。それ以来、新聞でも数学の効用が注目され、話題にされたので、私たちは今まで知らなかった真実を知ることになったのです。天気予報も銀行のATMも携帯電話もすべて数学の力の恩恵を受けているのだとわかったときには目から鱗でした。

 思えば、以前から動画サービスでアメリカのテレビドラマ『天才数学者の事件ファイル・ナンバーズ』を見ていました。その番組の冒頭ではいつも「数学、それは日常の中にある、数式を使えば日常に起こるすべてことが表せる」との決まり文句が流れていたのです。ドラマでは兄のFBI捜査官が弟の数学者の力を借りて、次々と事件を解決していきます。でも私はそれがドラマの中のことだとばかり思っていたのです。だから絵空事としか思えなかったのですが、「数学は日常の中にある」のは現実だったのです。

 いずれにせよ、数学の知識がないことで、自分の世界が深まるのではという期待が錯覚に終わってしまったことは間違いありません。そして学生だった頃のことを思うと、「もっと早く教えてよ」と声を大にして言いたいくらいです。だから私は数学が得意で、大人になってからもずぅっと興味を持ち続けている人が羨ましいのです。それはたぶん、学びたくても今からではどうすることもできない、そんな現実に向き合っている私だからこそ思うことなのです。

mikonacolon