人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

もう食べられないモナカ

今週のお題「マメ」

 

マメで思い出すのはモナカの小豆餡

 豆ってそのままより、形を幾通りにも変えて私たちの身の回りに存在するのだなあ、とふとそう思った。例えば、子供の頃はよく甘納豆を食べていた。あれは白、紫、薄茶色、黄緑とバラエティー豊かな彩の豆が入っていた。子ども心に、なんて美味しいものなんだろう、と思いながら食べてはいたが、畑で採れる固い豆とは似ても似つかないものだった。同じ豆を食べているという認識は全くなかった。大人になったら、いつのまにか甘納豆と疎遠になって、その存在すら忘れてしまった。

 子供の頃食べた甘納豆は今の私にとって思い出のマメでしかないが、実はもうひとつ、手を伸ばしてみても届かないマメがある。そのマメはモナカにぎっしりと詰まっていた小豆餡だ。モナカの四角い皮の中にこれでもかと押し込められていたから、そのモナカは手で持つとずっしりと重かった。6センチ角の正方形のモナカは私にとっては一度には食べられない大物で、正直言ってその半分の大きさでよかった。そんな私のような人のために半分のサイズのものをちゃんと店は用意していた。それでもその店に行くとほとんどのお客さんは四角いモナカを注文して買っていた。

 そのモナカの味は甘さ控えめが好きな私には少し重荷だった。食べると口の中が甘々になって爆発しそうになってしまうからだ。それでも、実家の義姉のミチコさんに言わせると、その半端なく甘ったるいところが堪らないのだそうだ。それにモナカが持つ甘さは意外なことに男性の心を魅了し、「あのモナカで僕は救われましたよ」とまで言われたこともあった。その言葉にびっくりして訳が分からない私にその人は「散々仕事をして疲れを感じていた時に、あなたに貰ったモナカがあることを思い出したんです。それで休憩の時にモナカを食べたら、すごく美味しくて、身体の疲れが取れた気がしたんです」と感謝の言葉を口にしたのだ。それで”甘いものが疲れに効く”と言うのはまんざら嘘でもないらしいのだとわかった。

 実家に帰省する時も、たまに会社に差し入れする時も必ずそのモナカを持って行った。モナカの店は都心のデパートの地下の食料品売り場にあって、いつ行ってもお客さんが列を作っていた。でもある日突然足が遠のかざるを得ない事件が起こった。コロナウイルスによる感染症が流行り出したのだ。噓のように都心から人が消えて、もうあの辺りに近づけなくなった。もう買えないのだからモナカのことは諦めて、考えないようにはしていたが、コロナが終わったらまた買いに行けばいいと簡単に考えていた。

 でもそううまくはいかなかった。ネットで偶然あのモナカの店が閉店したことを知ったが、俄かには信じられなかった。あんなに客で賑わっていたし、人気もあって相当に儲かっていたはずだとばかり思っていた。ネットのニュースによると、あのモナカの店は事業が上手く行かず倒産したのではなくて、自主廃業だった。事業を拡大しすぎたことや、昨今の原材料の高騰が重荷になり、このまま営業を続けても赤字になることはさ避けられない状況だった。なので、それならと事業を畳む決断をしたのだ。ネットでは店の廃業を惜しむ声が絶えなかった。あの店のモナカのファンが悲鳴をあげていた。

 その後、ネットに新たなニュースが飛び込んで来た。それはある会社が店の元従業員を雇ってあのモナカを復活させようとしているという希望に満ちたものだった。何か月か後に新しくできた店の様子を伝えていたが、気軽に行ける都心ではなくて私には遠くて躊躇してしまうような辺鄙な場所にその店はあった。それに買いに行ったとしてもすぐに売り切れてしまうらしい。記事をよく読むと、廃業した当時の菓子職人の数は200人なのにも関わらず、新しい会社が雇ったのはわずかに20人だというから、話にならない。これではモナカを巡っての争奪戦が繰り広げられるのは必至だ。そんなわけでもう、あの四角くて粒あんがぎっしり詰まったモナカには二度とお目にかかれない。

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