人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

ナポリの助け合い精神に心がほろっと

下町ってまだあったんだ、そう思わせてくれた

 たいして旅番組が好きなわけでもないのに、新聞のテレビ欄を見ていたら、NHKEテレの『世界ふれあい街歩き』が目に留まった。”百聞は一見に如かず”で見るだけで満足できるわけもないと、興味もなかったのに、その時はなぜか気になった。それで録画して昨日見てみたら、イタリアのナポリが舞台だった。”ナポリを見てから死ね”という格言を聞いたことはあるが、果たしてどんな街なのだろう。カメラが街を映し出すと、何だか懐かしい石畳がある町並みが目に飛び込んで来た。このような風景はヨーロッパにつきもので中世に迷い込んだような気分になれるから、とても新鮮に感じる。偶然出会った猟師の男性が、旧市街と呼ばれる下町に行って見ると、洋服の仕立て屋がいっぱいあるんだよと教えてくれた。

 薄暗い路地を入っていくと、窓から、家の中でひとりの男性が何やら作業をしているのが見えた。どうやらそこは洋服店で、今でも昔ながらのすべて手作りらしく、「機械はほとんど使っていないんだよ」と自慢し、自分の仕事に自信を持っているようだ。彼によると、昔からかの地では王族や貴族が日常的に服を注文していたらしく、庶民でも一年に一回ぐらいは必ず服をあつらえるのが一般的だった。時が映り、世の中が変わってもその習慣はまだ健在のようで、洋服の仕立て屋さんは目の前の仕事に余念がない。それでもイタリア人特有のサービス精神でもって、自分の服が人々に愛される秘密を教えてくれる。

 まずは自分の服は一度作ったら、子や孫の代まで着られるということで、体型が変わってもまた仕立て直して着ることができるのが特徴だ。いいものをより長く着ることで、家族の歴史を作る財産にもなりうるのだと強調する。そのため、仕立てる時は再度仕立て直すときのことを考えて、余分な布を残しておくようにしていると言う。そんな配慮のおかげで子から孫へと歴史は受け継がれるのだ。一着の洋服が何十年も着られるのだから、まさにお得で、エコというしかない。いいものを長く着る、確かに昔はそんなセリフを聞いたことがあるが、現在のようなスピード重視の世の中にあっては風前の灯だ。だからこそ、自分の今の生活を考えさせられる。

 次に出会ったのはカフェの経営者で、「コーヒーを飲んでいきませんか」と話しかけて来た。それはさておき、番組のスタッフが気になったのは、店の前においてあるコーヒーサイフォンのオブジェではなくて、その前にあるレシート差し。要するに使用済みのレシートを差して置く細い尖った針が付いているあれである。店から出て来る人が次々とレシートを差してから、立ち去っていく。「あれは何ですか?」と聞いてみると、カフェ・スプレイゾと言って、かの地ならでは習慣だという。つまり、次にコーヒーを飲む誰かのためにレシートをさしておくのだと言う。そのレシートはいったいどんな人が使うのだろうか。彼によると、たとえば、お金がなくてコーヒーを飲めない人が利用したり、あるいはその日ついてないことばかりで最悪と思った誰かが、運を良くしようとして使うこともあるそうだ。いわば、そのレシートはラッキーアイテムであり、ナポリにおける助け合いの精神の象徴のようなものだ。

 私も以前『世の中は善意でできている』という本の中で、”恩送り”という言葉を初めて知った。そのカフェでは、誰かが見知らぬ誰かにコーヒーをプレゼントする習慣があり、その善意を受け取った人はその善意を誰かにお返しをする。その善意をつぶさに表しているのは店の中にある掲示板で、そこには沢山のコーヒーチケットが貼ってある。そこにあるチケットは誰でも、使いたい人は誰でも使うことができる仕組みになっている。たった一杯のコーヒーで、誰かの心が温まってくれたとしたらどんなにいいだろう、というささやかな思いやりである。

 またこの街の路地では何やら面白いことが行われていた。突然大きな声が聞えて来たと思ったら、すぐ目の前にある建物の3階からなんとバケツが下りて来たのだ。何でバケツがこんなところにと目が点になったら、すぐに近くにある薬局から女性が出てきて、そのバケツの中に紙タオルを入れた。するとベランダに居る人は手慣れた様子で引きあげる。どうやら、何やら叫んだのはお買い物の注文だったらしい。物凄く原始的で、近頃では珍しい風景だが、これまたかの地では皆やっているらしい。「ネットショッピングより早いわよ」と言われて大きく頷いた。人と人との信頼関係で成り立っているところが素晴らしい。

 

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