人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

住人からの挨拶状

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新しい場所での隣人たちに興味津々

 友人は先月団地の7階の部屋に引越した。彼女は今まで2階以上には住んだことがなかったので、最初はなんだか落ち着かなかった。ベランダに洗濯物を干すときも、下を見ると怖いので目を背けるようにしていた。だが慣れてくると、目の前を遮るものは何もない、遠くまで見渡せる景色を楽しめるようになった。以前はそんな上の階に住むのを想像してみたら、なんだか空中に居るような感覚なのかなあと勝手に思っていた。実際は不安定さは微塵もなく、ちゃんと地に足が付いていると感じる。これまでと違うのは玄関を出てもすぐには地上には降りられないことだ。たいていの住人はエレベーターを使う。だが、万一何かが起こったときはどうするのか。その時は当然エレベーターは使えない。

 それで友人は普段から階段を使うことにしている。階段で移動することに慣れて置けば、いざという時に困ることない。もっとも最上階の12階に住んでいたとしたら無理かもしれないが、幸いにも7階なのだから、慣れれば朝飯前でへっちゃらになる。そういえば、誰かが「階段は無料のジムなのですよ」と言っていたのを思い出した。まさにいい得て妙で、実にうまい表現だ。何も高い料金を払ってスポーツクラブに入会しなくても、すぐそこに階段があるではないですか。人によっては、何もエレベーターがあるのにわざわざ階段を使うなんて、時間の無駄だし、疲れることをする必要はないと呆れられてしまう。だが、そんなお叱りの言葉など気にせず、友人は重い荷物を持っている時、あるいはひどく疲れている時以外は階段を使うことにしている。そのおかげで意識しなくても1日に最低3往復はできて、ちょっとした運動になっている。

 そのうち、なんだか筋肉痛で身体が痛くなってきた。これも階段フィットネスの成果なのだろう。そんなある日、玄関ドアにあるポストに7階の住人からの手紙が届いた。それは封筒に入れられた白い便せんに書かれた挨拶状だった。手紙の主は団地の自治会の理事のハナムラさんで毎月の自治会費を集める係だった。思えば、引っ越してきた当初は挨拶周りをしていたが、この人のお宅だけはいつ行っても留守だった。隣のハラダさんに尋ねると、朝はスーパーで午後も別の仕事を掛け持ちして働いているので、いつ家に居るのかわからないと言う。どんな人なのか、ハラダさんの話では、年齢は72歳で男性だとしかわからない。引っ越して2週間ほどは今度こそと思って部屋を訪ねてみたが、そのうち諦めた。別に会えなくてもいいかと思っていた矢先に、挨拶状が届いた。

 封筒を開けて手紙を読んでみて仰天した。そこには几帳面で小さ目な文字とが並んでいて、しかもかなり長い文章だった。自分は仕事の時間が不規則なので、いつ在宅なのかは知らせることはできない。なので自治会費の封筒は玄関のポストに入れて置いてもらいたい、なお4月からは隣のハラダさんが役員になるのでよろしく、などと書かれていた。どう見ても、この挨拶状は普通の人から見れば、こんなに親切丁寧に書かなくてもいいのにと思われた。友人も恐縮してしまったが、ふと思った、この人は手紙好きで、普段から文章を書き慣れている人なのだと。考えてみると、毎日掛け持ちの仕事で忙しく暮している人が、おそらく疲れているだろう人が落ち着いて長い手紙を書こうと思うだろうか。普通の人なら、例えば私なら、要点だけを書いたメモぐらいでササッと済ませてしまうだろう。

 その程度の考えなので、友人はご丁寧な挨拶状の返事をその辺のメモ用紙を使って書いた。「ハナムラさん、お手紙有難うございます。何度も伺ったのですが未だにお会いできていません。どうか今後ともよろしくお願いします」それから挨拶用に買ったお菓子の箱とメモをレジ袋に入れて玄関のノブにかけて置いた。すると、翌日すぐに返事が届いた。またまた長い手紙が封筒に入っていた。この人は間違いなくかなりの手紙好きだ。自分は甘いものに目がないので、友人の贈り物は嬉しかった。ゆっくりと味わいたいのでまだご相伴には預かっていないこと、団地の生活は煩わしい面も多々あるが、隣近所の人とは気心が知れているので楽しく暮していること等々が几帳面な文字で綴られていた。最後に「よかったら、クオカードを使ってください」とお返しまで入れてくれた。そんなの良かったのにと思いながら、こんなに奇特な人もいるのかと感心したのだった。

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