人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

お盆に友と食べたそうめん

今週のお題「そうめん」

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仲良しの友と複雑な思いでそうめんを食べて

 昨日テレビのニュースで、福岡で最高気温が35度を超えたことを知りました。その後、かき氷屋さんの店員さんが出てきて、「やはりこれくらいの気温になるとお客さんが押し寄せて忙しくなるんですよね」と嬉しくてたまらない様子でした。ガラスの涼しげな器に白い泡のようなかき氷がてんこ盛り状態です。崩れそうで崩れなくて、あんな量が食べられるかと心配してしまう、そのお値段は何と1100円でした。子供の頃、姉が美容院でパーマをかけるのについて行って、その帰りに食べた宇治金時はもっとずうっと安くて庶民の味でした。大人になってからはかき氷で涼むことはめったになくなってしまいました。今の生活で涼を楽しめる食べものと言ったら、文句なしにそうめんです。お湯を沸かして、乾麺を入れたらわずか4分で茹で上がり、氷で冷やせばすぐに食べられる、そんな手軽さが人気の秘密だと言えます。

 子供の頃から本格的な夏になると、どこの家でもそうめんをよく食べていました。高校生になると、美智子さんという新しい友達ができて、彼女の家は学校の近くにありました。私の家は自転車で30分もかかるので、土曜日の学校帰りはよく彼女の家に寄り道をしました。暑くて喉がカラカラだった夏の昼下がりは冷たいそうめんを食べたら一気に生き返りました。美智子さんは中学からの友だちからは「ムツコ」というあだ名で呼ばれていました。不思議に思って、「どうしてなの?」と聞くと、友だちからあんたに美智子という名前は似合わないと言われたそうです。美智子はあの上皇后様の名前なので恐れ多いというか、もったいない名前だと言われてしまったのです。だからミチコではなくて「ムツコ」がぴったりだというわけです。このあだ名の由来に妙に納得した私は、思わず笑い転げてしまいました。

 付き合ううちに、だんだんとムツコさんの家の事情がわかってきました。彼女は父親、継母、5歳の妹、祖母の5人家族でした。彼女の母親は小学生の頃に脳腫瘍で亡くなったので、父親は今の継母と再婚して妹ができたのでした。猫好きな彼女の家は庭にいつも何匹かのねこがたむろしていて、父親が不動産会社を経営しているせいか裕福だったように思います。高校を卒業すると彼女は服飾専門の短大に入りました。そしてさらに専科コースに進み、洋服のパターンナーになろうとしました。私はと言えば、上京して忙しくしていたので、その頃はほとんど彼女と会うことはありませんでした。でも、彼女はきっと夢だったパターンナー、つまり洋服の型紙を起こす人になっているものと思っていました。

 何年かたってお盆に実家に帰ると、兄のお嫁さんから、「不動産会社の社長が飲酒事故で亡くなったけど、あの人はムツコさんのお父さんでしょう」と知らされました。田舎なので噂はたちまち広がって、自然と皆の耳に届いていたのでした。いつもは決して飲まない人がなぜあの日だけ酒を飲んで運転していたのか、誰がどう考えても不思議で仕方がないと皆口を揃えて言っているのだとか。「お父ちゃんは馬鹿だよね」ムツコさんはそう呟きました。父親が亡くなると継母は娘を連れて家を出て行き、その後は再婚したと風の噂に聞きました。だからあの頃は祖母との二人暮らしで、まだ祖母も元気で幸せなはずでした。でも彼女から一つ残念な告白を聞いてしまいました。服飾関係の仕事についているとばかり思っていたのに、「パターンナーにはなれなかった」と言うのです。「どうしてなの?」そう聞いてしまいました。就職活動しようとしたら、「あなたには無理だからやめたほうがいい」と先生から止められてしまったのです。奈落の底に突き落とされた彼女はどんな思いで耐えていたのか、想像するだけで冷や汗が出てきます。彼女にとっては思いだしたくもない過去の話を私は無邪気に聞いてパンドラの箱を開けてしまいました。絶句している私に、「大丈夫、もう過ぎたことだから」と気にしていないと言ってくれました。

 お昼になると台所でそうめんを茹でました。庭に見事に咲いている朝顔を眺めながら居間でふたりで食べました。「今思うと、先生の言うことは正しかったと思う」と明るく言う彼女は近所の繊維関係の会社でパートをしていました。彼女の満足そうな表情を見て、私は思わず「本当にそれでよかったの?」と口から出そうになった言葉を飲み込みました。

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