人生は旅

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ベンチの足

今週のお題「読書の秋」

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佐藤雅彦著の「ベンチの足」は暮らしの手帳という雑誌に連載されていたエッセイをまとめたものです。恐らくこのタイトルだけで内容を察知できる人はいないはずです。だからこそ、知りたがりやの私はこの本を買ってしまったのです。

「ベンチの足」っていったい何?

 私が最初にこの本のことを知ったのは新聞の書評欄でした。日常生活の中で普通の人が見落としてしまうようなことが、別の面から見ると実に面白いことがわかるのです。人は常にそんなものという先入観で物を見ているので、本当の良さや面白さや素晴らしさに気づかないようなのです。すべて当たり前なのですから、驚きも感動も感じるわけはないのです。そういう点において、「ベンチの足」は普通の人である読者に新鮮な気づきを与えてくれます。この本のタイトルは「ベンチの足」ですが、それはこの本に収められているエッセイの一つのタイトルでもあるのです。たぶん一番訳が分からない題名なので、それが人々に「いったい何なんだ?」という疑問を投げかけるのだとしたら、著者の企みは大い成功したと言えるでしょう。

 エッセイを読み進めていくと、佐藤雅彦さんがどんな人なのか、だんだんわかってきました。佐藤さんは有名な人らしく、あの「だんご三兄弟」とかCMのポリンキーの作詩をした人なのでした。それで、早速ネットで検索しユーチューブで曲を聞いてみたら、懐かしさでいっぱいになり、自然と歌を口ずさんでしまいました。おかげで、経歴に大学教授と書かれている佐藤さんとの精神的距離がすこし縮まった気もしてきたんです。

 さて、ベンチの足とはそもそも何なのかという疑問なのですが、佐藤さんはエッセイに工事中の公園での出来事について書いているのです。当時佐藤さんはウオーキングで一日5千歩のノルマを自分に課していました。その日夜遅く携帯の歩数計を見たら、まだ足りないというので深夜の公園にやって来たのです。そこで、どうやら工事中のフェンスの中にコンクリートの足が付いたベンチらしきものを目撃したようなのです。もちろん薄暗闇の中なので、最初は見分けがつきませんでしたが、ようく見てみるとほぼ間違いないとわかりました。と同時に見慣れた、ただのベンチが頑丈なコンクリートに支えられていることに衝撃を受けたのでした。

 はっきり言って、ベンチの足をまともに見られて、知らないうちに誰かに、この場合はコンクリートのお世話になっていたと気付く人なんて、この世の中にそうはいやしません。言い方は変かもしれませんが、1億円の宝くじに当たったようなものです。まさに貴重な経験をしたと言えるのです。考えてみると、ベンチの足は誰にも感謝されることなく、あたり前のようにベンチを支えていたのです。だから人がその事実を知ったとき、これはもう「そうだったのか!」と仰天するしかありません。好奇心旺盛な?佐藤さんは事実を確認すべく、わざわざ昼間の公園に行って証拠写真を撮ってきました。それで、以下にベンチの足の写真と埋め戻された写真を載せておきます。

 

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まさか、自分のお尻の下がこんなことになっていたなんて、面白すぎます

 

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まともな?状態に戻ったベンチ、有難みも何も感じることもなく、安心して座れます。

 

 そういえば、私も以前工事中の道路で面白い物を見たことがあります。それはあの白いガードレールで、小分けにされたそれが2,3個道路の脇に置かれていたのです。ガードレールの足元をよく見てみると頑丈なコンクリートで固められていました。つまりそれらをいくつも並べることで、ガードレールはやっとそれ自体の役目を果たすのでした。どうやら、なんでも物の足元を見つめなおしたり、隠れている部分を想像したりすると、さらなる新鮮な発見があるに違いないのです。

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