人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

先生になれなかった吉川先生

 

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中学生のときに出会った教育実習生に感激して

 中学生のとき、クラスに教育実習生の人が研修に来ました。その人は短大に通っている19歳の女性で美人でスタイルもよく、頭の回転も速くて、たちまち人気者になりました。いつも笑顔で生徒たちと接する姿は先生というよりも近所のお姉さんの雰囲気でした。先生たちも彼女のことを褒めていて、欠点を捜すのが難しいほど完璧な人でした。私はそんな彼女の姿を、家で飼っている野良出身のネコのように、遠目で関心のないふりをして観察していました。中学生の男子というのは思春期真っ盛りで、自分の周りにいる女子よりも美しい年上の女性に興味を抱くのは当然のことです。

 休み時間になると、特に男子が彼女を取り囲んで話しかけました。それは別に先生と生徒の和気あいあいとした微笑ましい姿で、何の問題もありませんでした。ところが、ある日、ひとりの男子生徒が先生の髪を撫でたり、肩に触れたり、時には背中に手を回したりするのを目撃してしまいました。その子は私の幼馴染で、村に唯一ある薬局の息子の松本君でした。彼はどちらかと言うと、話しやすくてとてもいい子でした。それで私はなんだかドキドキしてしまって、彼の行動の危うさに衝撃を受けてしまったのです。それなのに当の先生は気にする様子もなく、嫌な顔一つ見せず終始笑顔でした。

 普通なら、嫌なことをされたら、「やめて!」というのは簡単なことです。たぶん先生は不用意な言葉で松本君を傷つけたくなかったです。だから彼のするがままにさせているのだと当時の私は思いました。でもそんな先生の大人びた対応が余計に私に「近寄りがたい人」というイメージを増長させたのも確かなのです。だから、先生に笑顔で近づいて来られても、頑なに心を閉ざして話をしようとはしませんでした。先生は完璧すぎて、話をしても自分の気持ちなどわかってもらえない気がする、そんな風に思っていたのだと思います。

 ある日、隣のクラスにいる友達に「うちのクラスの先生は完璧すぎて私には無理なの」と打ち明けました。すると友達が「じゃあ、うちのクラスに来ればいいよ」と言うので、早速隣の教室に行ってみました。そうやって出会ったのが吉川先生でした。先生は私のクラスの先生とは全く違うタイプで、彼女がバラなら、先生は野に咲く花でした。先生は隣のクラスから来た私を歓迎してくれて、見るからに親しみやすい人柄が私には好ましく思えたのです。それからは休み時間になると、いつも隣の教室に遊びに行きました。友達が先生に「家に遊びに行ってもいい?」と遠慮なしに言うと快く承知してくれました。偶然友達の家が先生の家の近くなのがわかったので、彼女は自転車で行くことになりました。一方の私は遠くて田舎なので交通手段がありません。すると、先生は「じゃあ、私が迎えに行ってあげるから」と自ら車を運転して私の家まで来てくれました。

 田園地帯を車で30分ほど走ると先生のお宅に着きました。先生は3人姉妹の長女で、小柄でどちらかというとふっくらしているのに、妹さんたちは背が高いのには仰天しました。二人とも背が高くてミニスカートからは長い脚が伸びていました。私たちが何を思っているのか気づいて、「なぜなのかわからないけど、私だけチビなのよ」と先生が苦笑いしています。先生の家の庭にあるテラスでお昼をご馳走になり、その後デザートにメロンを食べました。たわいもない話をして、笑い声をあげてひと時を過ごしました。特に有意義な時間を過ごしたわけではありませんが、とにかく先生といると心地いいと思えたのです。そもそもそこに意味があるとかないとか、そんなことを考えること自体、ばかばかしいことなのでした。

 教育実習が終わってからも手紙や電話で私たちは連絡を取り合いました。それからしばらく経って、クラスの誰かが、先生が教員試験に残念ながら落ちたことやあのバラのような人が予想通り合格したらしいと言っているのを耳にしました。そんなことを聞かされても、私の先生に対する思いが変わるわけはありません。ただ、あんな人が先生だったら、どんなにいいか、生徒は救われるのにと暗澹たる気持ちでいっぱいになったのでした。

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