人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

サハラ砂漠の資産家の実像とは

f:id:mikonacolon:20200711222201j:plain

▲これはモロッコのシャウエンで見たヤギたち。放牧していた彼らを家に入れようとしているところ。ここのヤギはどれも色黒で白いヤギをイメージしていたら当てが外れた。サンマウの家の天井から落ちてきたヤギもこんな感じなのだろうか。

ご近所さんはみんな資産家!

 改めてサンマウ著「サハラの歳月」(石風社)を読み返してみたら、また新たな面白い事実を発見しました。サンマウはサハラの家に住む前に自分のこれから住む通りが「金河大通り」と呼ばれていると知らされます。現代でいえば高級住宅街に相当し、誰もがかなりの資産家でちゃんとした職業もあります。そのうえヨーロッパ人に家を貸しているのでお金には不自由しないはずなのですが、彼らの身なりはどう見ても貧しくて手を差し伸べなくてはと錯覚してしまうほどです。サンマウ曰く、外見はひどく不潔でだらしない人達だそうです。

 彼らの行動は実に不可解で、サンマウにやたらと物をねだったり、借りに来たりします(自分のものを使えばいいのにと夫が嘆くほどに)。さらに他人の家に上がり込んで勝手に気に入ったものを持って帰ってしまうのです。後から気が付いて問い詰めると、「ちょっと借りただけじゃない」と開き直って逆切してしまうのですから始末が悪いのです。サンマウも自分の大事にしていた靴を泥だらけにされて、ここでの常識は想定外のものなのだと思い知るのです。どうしても譲れない時は断るのですが、そんなとき彼らは決まって「あんたは私の誇りを傷つけたよ」と怒って宣うのです。

 また、ここでは食事は手で食べるのが普通なのに、毎日のようにナイフとフォークを借りにやってくる子供がいました。正直この行動にはかなりサンマウはメンタルをやられたらしいのです。どうやら親が子供に言いつけるみたいなので、うんざりしていたサンマウはナイフとフォークをプレゼントしてあげてホッとしていました。ところが、また借りに来たのでびっくり、理由を聞いてみると、「父ちゃんが新品はもったいなくて使えない!?というので借りに来た」。その言い訳には開いた口がふさがらなかったが、大声をあげて罵っても何も変わらなかったのです。

他人の水も自分の水!?

 どこかで聞いて知ってはいましたが、砂漠では水は何よりも貴重品だそうです。サンマウの住んでいた地域では毎日市役所から各家庭ポリタンク1個が支給されます。そのポリタンクを屋上に備え付けて日常生活に使っていました。ただこの水は塩辛くて飲めない代物なので飲み水は買わなければなりません。当然1日タンク1個だけではとても足りないので、シャワーに使うのか、炊事・洗濯に利用するのか選ばなければなりません。そんな貴重な水でシャワーを浴びようとしたら、あれ~?おかしい、水が出ない!でもこの泡だらけの身体はどうしたらいいの!!と慌てふためいた。夫に確かめに屋上に見に行って貰ったら、まだ一滴も使っていないのにタンクが空になっていた。隣の大家の物干し台を見たら、たくさんの小麦粉の袋が洗って干してあった。間違いない、やられた!!つまりサンマウの水は大家に使われてしまったのだ。

突然ヤギが天井から降ってきた

 砂漠の家には必ず屋根の中央に一か所穴の開いたところがあるそうです。でも砂嵐の時などは部屋の中に砂が大量に降ってきて困り果てました。大家に蓋を付けてくれるように頼みましたが、いくら頼んでもやってはくれません。そこで日曜大工の登場です、夫のホセが天窓のようなプラスティックの板を付けてくれました。これでひと安心と思ったら突然ヤギがプラスティックを突き破って天から降ってきたのです。誰かのヤギが通りから屋上まで駆け上がってきたらしいのです。いくら怒ってみてもみんな我関せずでヤギが屋上に上がるのを止めようとはしません。ヤギが何度かサンマウの家にやってきた後、ホセは屋上に丈夫な天窓をつくり、隣の大家との境目を板でふさぎました。なぜかというと、大家の娘が屋上に干してあるサンマウの下着を持ち去って何日か使った後にまた戻しておくからです。隣の住人の侵入を防ぐためにどうしても必要な処置で、彼らと渡り合っていくには不可欠です。

mikonacolon