人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

中谷美紀さんの『繕い縫う人』に魅せられて

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 頑固に先代の遺志を守りぬこうとする

 動画サービスで偶然見つけたのは、何年か前に話題になった映画『繕い縫う人』でした。物語の舞台は神戸で、急な坂を上り詰めたところにいい雰囲気を醸し出している洋館があり、表札には「南裁縫店」と書いてあります。使い捨てが当たり前の世の中にあって、一生着られる洋服を作り続けている南市江という女性が主人公です。人の体型は年とともに変わっていく、だからその都度服を身体に合うように縫い直すのが自分の仕事。それが自分の使命と信じて疑わない、頑固ではあるけれど、凛とした女性を中谷美紀さんが魅力的に演じています。先代の祖母が始めた「南洋裁店」の後を継ぎ、自分の町に住む人たちのとの繋がりを何より大事にしている市江。祖母はこう言っていた、「服は人を作る、だから自分の服は人の人生に関われる有難い仕事なのだ」と。でも、そんな生き方は別の世界から見れば、効率的でないし、時代遅れで融通が利かなさすぎる。

ブランド化を勧めるのだが相手にされない

 そんな彼女の鉄壁の遺志を崩そうと、店に足蹴く通い詰めるのが大丸デパートの営業の男性です。彼は彼女の服に魅せられて、「あなたの服をぜひブランド化したい」と口説こうとするのだがそう簡単にはいきません。他の服とは明らかに一線を画す、市江が作る服は上品で、人目を惹き、思わず誰もが「素敵!」と振り返らずにはいられないのです。実は彼女は今まで町の人たちに作った服を繕ったり、仕立て直したりするだけでは収入にはならないらしい。だから、本当はやりたくはないのだけれど、生活のために仕方なく友達の店に卸しているらしいのです。男性はその店で、「間違いなく売れる服」を発見し、まるで服に恋した男性のように彼女から離れようとしません。

 やがて、あることをきっかけに、自分の考えがとんでもない間違いなのではと気づくのです。「あなたは変わらなくていい、あなたはそのままでいいのです。さようなら」そう言い残して東京に行ってしまうのです。そう言われた市江は「悔しいわねえ、そんな簡単に居場所を変えられるなんて、私にはできないことをサラッとしてしまえるんですもの」。この発言に彼女の生き方そのものが凝縮されているようで、とても印象深くて忘れられない言葉です。

ホールのチーズケーキが心境の変化を

 この映画を見ていると、なぜか癒されてしまって、もう今は失くしてしまった大切な何かを思い出させてくれます。映画全体を通して流れている雰囲気もなかなか秀逸で、特に目を引くのが、中谷美紀さんがチーズケーキを食べる場面です。ここでのケーキは一人前の小ぶりのものではなく、でっかいチーズケーキでホール丸ごとです。そのケーキをスプーンで口に入れると、目を閉じて恍惚の表情になり、悶えるような幸せの瞬間を味わうのです。まさに仕事にのみ生きる女の、これぞ至福の時で、しばしの気分転換をしているのです。

 最初は皿にデーンと乗ったケーキにギョッとなりますが、実は後になって、市江の心境の変化を表現してくれる必須アイテムだとわかるのです。そこには巧みに計算された監督の意図が見え隠れしています。それは物語が終盤に差し掛かって、また市江がカフェでチーズケーキを食べる場面を見るとわかります。いつものように口に入れるのですが、「あれ~?」と浮かない表情をする、視聴者はどうしたのだろうと一瞬戸惑ってしまいます。そこで「このケーキ、作る人が変わったのですか?」と思わず店の人に尋ねてしまうのです。ケーキの作り手は同じ人ですが、食べる人の心が以前とは違うだけのこと、そう言いたいようです。

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