人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

うそをつくのは楽しいと最近思えてきた

今週のお題「告白します」

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嘘をついたらひどい目に会うはずが

 最近私は嘘をつくのは楽しいことだと思うようになったのです。こんな変化は私にとっては青天の霹靂で、今までの凝り固まったガジガジのステレオタイプな考え方が崩れ去ったのです。どうしてそんなことになったのか、それはある小説を読んだことが原因です。その小説は八木詠美さんの『空芯手帳』で、朝日新聞の「著者に会いたいのコーナーで紹介されていたのです。34歳の会社員の独身女性が、ある日妊娠したと嘘をつくところから始まります。なぜそんなとんでもない嘘をついたのかと言うと、会社でのどうにもならない不満が爆発したらからでした。にっちもさっちも行かない状況からの脱出を試みたのかもしれません。そうしたら「灰色だった日々が突然輝きだした?」と書かれてありました。最初私はまさか独身の女性が職場で堂々と妊娠宣言するなんてことはあり得ないと思ったのです。でも小説の世界は私の想像を遥かに超えていて、独身でも何ら問題ないようなのです。誰も陰口をたたく人などいない女性が尊重される世界。妊娠おめでとうなどと言われて、みんなに労わられる日々が始まったのです。以前は雑用を押し付けられてばかりいて、「なんで私ばっかり?」と思っていたのに。

 新聞の記事で、私が注目したのは著者が「自由にうそがつけるのは楽しかった」と感想を述べていることでした。どうやら小説の中でのうそと現実の世界の嘘とは意味合いが違うらしいのです。それにまだこの時は実際に小説を読んでいなかったので、その言葉の意味がわかりませんでした。うそをつくのが楽しいだなんて!ありえない。思えば、韓国ドラマや中国ドラマ時代劇を見ていると、生き残るために女性が嘘をつく場面が多々あります。例えば、皇帝の寵愛を得ようとして必死になるあまり、挙句の果てに妊娠したと嘘をつくのです。でもその嘘がうまく行った試しはなく、いつだって厳罰に処せられて悲惨な末路をたどるのが落ちなのです。

 それから友達の体験談で、嘘をついたらえらい目にあった話があります。彼女がまだ新米の幼稚園の先生をしていた頃、仕事にもまだ慣れなくて悪戦苦闘していました。先輩も厳しく疲れ切って身体ももう限界でした。できることなら休みたい、でも休む理由が見つからない。ずる休みだと思われない一番いい方法はないのだろうかと考えました。ちょうどそのころ先輩の先生がインフルエンザで休んでいたのです。それで、ある朝、園への電話でつい「インフルエンザなので休みます」と言ってしまいました。でも後で気が付きました、完全に治ったという医療機関の証明書が必要だということを。結局、嘘をついていたことがばれて、「あなたって人はなんて人なの!」とひどく怒られたのです。

37歳までにもうひとり生みたい

 そんなわけで、「嘘はつきたくない。嘘をついたらロクなことはない」と常日頃思っていたのです。でも『空芯手帳』に綴られたうその正体が知りたくて堪りません。”嘘から出た実”という言葉があるように、話が進むにつれて本当に妊娠してめでたしめでたしとなるのでは、などと想像していました。ところが、立ち読みで、飛ばし読みをしてみたら、なんと最後まで偽装妊娠でした。読み始めると、作家の津村記久子さんが「何が起こっているのかわからない」と感想を寄せている通りなのです。だから読み手としては早く納得のいく説明が欲しい。どうなってしまうのか知りたくてたまらなくなる。先を急いでしまうので、ついページを捲る手が速くなってしまうのです。もうすでに著者の企みに嵌っているのです。

 

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朝日新聞に掲載された『空芯手帳』の記事。

 

 あたかも俳優であるかのように、主人公の女性は妊婦を見事に演じていたのです。小説は「妊娠第5週」から始まり最後に産休から職場復帰するところで終わります。最後に女性がつぶやくセリフには呆れるよりも、なんて楽しいんだろうと思ってしまったのです。「37歳までには、もうひとり生みたい」だなんて!そんなことを平気で書ける著者はもう完全に心から執筆を楽しんでいるのです。なるほど、この小説は結末よりもその過程の描写が興味深いといえます。ニセの妊婦が本物と区別がつかないようになりたいと努力を怠らないのです。ネットや書物で妊婦研究に精を出し、マタニティエアロビクスにまで通ってしまう。「本当にこんな激しい運動をして大丈夫なの、妊婦なのに」と心配する場面では思わず笑いがこみ上げてきました。

 あくまで私の個人的な想像なのですが、『空芯手帳』というタイトルは「母子手帳」からきているのではと思うのです。母子手帳は妊娠週ごとに身体の様子や注意事項を記入するようになっています。この物語には実際には母子がいないので空白の意味での『空芯』です。それにしても、現実世界ではひどい目にあってしまう「嘘をつく」という行為が、小説だとこんなにも楽しい世界を創造できるなんて、まさに目から鱗です。

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