人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

外国では水がないと落ち着かない

水道水が飲めないことがプレッシャーに

  日経の文化欄に作家の藤野可織さんが、「水がないと落ち着かない」というタイトルのエッセイを書いていた。藤野さんのことは、以前日経の夕刊の『プロムナード』というコーナーでエッセイを連載されていたので、その名前だけは知っていた。でもいったいどんな小説を書く人なのかは分からなかったし、またたいして興味も湧かなかった。経歴の欄をみると、『爪と目』で芥川賞と書かれているので、へえ~そんな有名な方なのかと仰天する。いつも芥川賞直木賞はテレビで大々的に取り上げられるので、見逃すはずはないと思っていたのに。文章を読んでみると、仕事で外国に行かれることが多いようで、その際には必ず大量の水を買ってしまうと言う。もっともそれは外国に行ったからではなくて、日本にいる時も例外ではなく、やたらと水を買う習慣があるらしい。

 その事で、一瞬思ったのは、水道から美味しい、いや、そう美味しくはないが、まあまあ飲める水があるのに、どうしてそんなに水を買うのかという疑問だった。日本の水道水は美味しいと言われている。まあ、私からしたら、子供の頃よく飲んだ田舎の井戸水と比べたら、雲泥の差がある。だが、大人になった私としては、そんなことはそんなに気にならない。要するに、私は水に拘りがあるわけでもなく、飲めればいいというお粗末な水準の人間なのだ。一昔前は水道の蛇口に浄水器を付けて満足し、さすがに水道水とは違うと悦に入っていた時期もあった。だが、3カ月程たって、浄水器を取り換えなくてはならなくなると、たちまち面倒臭くなった。確かに浄水器がある方がいいに決まっているが、そのうちなくても気にならなくなった。となると、もう、いいかとなって、浄水器生活は終わりを告げた。

 美味しい水を飲みたいと喉から手が出るほど切に願うタイプではなかったので、さほど困ってはいない。自慢にもならないが、たまにミネラルウォーターを飲んでみても、水道水との違いがわからない味音痴、いや、水音痴の体たらくである。なので、ミネラルウォーターが必要になるのは、災害時のための緊急用品としてであって、是非とも準備しなければならないのに体が動かない。必需品なのに、ピンと来なくて、緊迫感を感じないので、注文できていない。

 それはさておき、日本にいる時は全くミネラルウォーターとは無縁な私も、海外に行くと、勝手が違うのでやたら水のことを心配する。日本と同様に水が飲める台湾は別として、フランス、スペイン、イギリスなどのヨーロッパの国々は水道水は飲めない。ホテルの部屋にいつでも飲める水道水が無いとなると、落ち着いてはいられない。余ってもいいから、無駄になってもいいからと大量の水を買い、キープしていないと不安になる。ずうっと前に読んだ新聞の記事には、世界にはおおよそ130か国にも及ぶ国があるが、そのうち、水道水が飲めるのは日本を含む数か国であると書いてあった。そうか、日本は水道水がそのまま飲める稀有な国なのだと初めて知って、とても有難いと思った。

 なぜ、そんなにミネラルウォーターを買うのかというと、そのまま飲むことはあまりなくて、電気ポットでお湯を沸かしたり、炊飯器でご飯を炊いたりするからだ。昔は常に500mlのペットボトルを持ち歩き、やたらと飲んでいたが、今は全く飲まなくなった。水は買うのに、日本で普段から水をそのまま飲む習慣はないので、自然と外国に行ってもそうなる。水道水を使っていると、自分がどれだけの量の水を使っているのかわからないが、ミネラルウォーターだと一目瞭然だ。スーパーで2リットルの水を買ってきても面白いようにすぐ無くなる。普段は全く意識していないので、なおさら、こんなに使っていたのかとびっくりするほどだ。たかが私一人でもこんなにも大量の水を使うのだから、家族だったら大変だと想像してみる。外国のスーパーには2リットルの水が6個ほどビニールをかけてまとまって売っているのをよく見かける。皆平然とそれらの大物を買っていく。水を買わなければならない生活はお金もかかるだろうが、翻って考えてみると、水をだだくさにしないで、大切に使おうと心がけるはずだ。

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