人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

大根の煮物

大根が私の日常に変化をもたらした

 自分でも思いもかけないことが起こった。なんと私が料理をすることに情熱を感じ始めたのだ。嘘のような話だが、紛れもない事実で、それは一本98円の大根を買ったことが発端だった。ある日スーパーに買い物に出かけた私は、キャベツを買おうとして、その隣に大根があるのを見つけた。いつもなら大根になんて見向きもしないのだが、その時は違った。頭の中にふと大根の煮物の映像がちらつき、たまには作って見ようかなあなどと良からぬことを考えた。柔らかくて、味が染みた大根の味を思い浮かべたら、思わず生唾が出た。そうなると、もう欲望は抑えきれず、とりあえず大根をカゴに入れた。

 それでも大根を買った時点ではたいして大根に期待してはいなかった。というのも過去に大根を思いつきで買って後悔だらけの経験をしたことがあるからだ。大根を包丁で切ってみたら、あら大変、切った断面はスが入って、人間の肌で言えば乾燥がひどかった。これでは料理する前から戦意喪失で、せっかくのやる気に水を差された状況だった。こんなことが何度もあったせいで、いつの間にか大根の品質を信用できなくなった。透視能力のような便利な特殊技能でもない限り、中身がどうなっているかなんて知る由もない。切ってみなければわからないという、ある意味賭けのようなものだった。

 それなのに先日の大根は優等生で、何気なく包丁で切ってみたら断面が真っ白で美しかった。いつもは多少のスは入っているのにそれがどこにも見当たらず、乳白色だった。大根に感激したのはこれが初めての経験だった。となると、この素晴らしい大根を無駄にしてなるものかという思いがふつふつと湧いてきた。さてどう料理しようか、そうだ、まずは大根と厚揚げの煮物で、だしは貰い物のどんこ椎茸と日高昆布でとることにする。さらに牛肉も少し加えてコクを出すことにした。

 料理はあまり得意ではないが、大根は下ごしらえが大事だと聞いたことがあった。大根を皮を剥かずそのまま一口大に切って、コメのとぎ汁で下茹でする。本当は皮を剥いて面取りをするといいと料理の本には書いてあるのだが、たいそうなゴミが出てしまうのでやめておく。それにあいにく米のとぎ汁はないので、残り物のご飯を少し入れて代用した。あくまでも大根の苦みを取るためなのだが、優秀な大根なので何の問題もなかった。そう言えば、今見ているNHKの夜ドラマ『作りたい女と食べたい女』にもおでんを作るときに大根を下茹でする場面が出て来る。「こうすると、大根に味が染みやすいんですよ」と主人公を演じる比嘉愛未さんが話していた。

 大根を買った当日はめんつゆを使った大根と厚揚げの煮物を作ったが、正直言って一番美味しいのは大根だった。他の厚揚げやどんこ椎茸や牛肉は脇に置いておいて、ただひたすら大根を食べた。もっと大根を入れて置けば、いや一本丸ごと入れればよかったと後悔したほどだ。2~3日かけて食べ切った後、今度は甘辛い味の大根が食べたくなった。今度はエバラのすき焼きのたれの力を借りて、大根と牛肉の煮物を作った。牛肉はスーパーのオリジナルブランドのメキシコ産牛肉で、特得セールで買って冷凍して置いたものを使ったのでたいしてお金はかかっていない。だしはまたどんこ椎茸で、今度は日高昆布は使わず、甘辛の醤油味にこだわった。煮物を作るのは久しぶりなので、せっかくの大根をダメにしてしまわないかと内心ドキドキだった。私としては予想外に上手くいったので、自分でも驚いている。ただ、”柳の下にいつもドジョウがいるわけでない”ことも確かで、今回はたまたま幸運が転がり込んだだけのことだ。

 それにしても、たかが98円の大根一本のことで、こんなにも前向きにというか、やる気になれるなんて、私は何という幸せな人間なのだろう。これこそ”小さな幸せ”にふさわしいエピソードだ。

mikonacolon