人生は旅

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きのう、何食べた?

今週のお題「一気読みした漫画」

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 よしながふみさんが描くゲイのカップルの口福

 漫画『きのう、何食べた?』に初めて出会ったのは、近所にある本屋でした。レジ前の新刊のコミックのコーナーに置かれていたその本を手に取ったのは、帯に書かれていたイラストが気になったからでした。そこにはいかにも美味しそうな料理の絵が4つほど描かれていて、この本でのストーリーに絡んでくるらしいのです。どうやら、この漫画は料理がテーマらしいと予想したら、なんだか面白そうと思えてきました。もちろん、漫画本は普通の本と違って中身を見ることができません。でも幸運なことに普通の本よりは値段が安いので、躊躇することなく買ってしまいました。本当は新聞の書評欄でその噂は聞いていたのですが、「百聞は一見に如かず」で経験にはかないません。

 実際に読んでみると、料理の場面が当然多いのですが、シローさんとケンちゃんのコンビが最高です。主人公のふたりがゲイのカップルということはすでに知っていましたが、少し抵抗感もありました。でもストーリーとしては普通の人たちよりは訳ありカップルの方が自然と物語に味と深みが出るのです。料理を作るのはシローさんの担当で、彼の唯一の趣味が料理でそれもお金がかからないシンプルなものばかり作るのです。普通、男の料理と言うと、何かとこだわりがあって、お金が掛かってもお構いなし、そんな料理を想像してしまいます。でもシローさんは節約志向でスーパーの特売品を使って、できるだけ安く作ろうとします。当然のことながら、美味しくなければならないという彼なりのこだわりもあるのです。

 シローさんが弁護士になったのは、集団に溶け込めなくても生きていける職業を探したからです。「僕はテレビに出て来るような熱血漢の弁護士ではありません。普通に仕事をしたいだけなのです」これがシローさんのいつものセリフです。この言葉からはなんだかやる気がないような、いい加減な人間の匂いがしてくるのですが、実際は違います。シローさんは弁護士として真摯に仕事をこなすのです。弁護士は普通のサラリーマンのように9時から5時まで勤務すればいいわけではありません。それで、いつもスーパーに駆け込むのは皆が買い物を終えた後になります。目指す特売品はすでに棚にはなくて、諦めてメニュー変更を頭の中で考え出しました。でももしかしたらと一瞬、ケースの奥を子供のように覗き込んでみたら、長ネギがへばりついていたこともありました。ラッキーと心の中でガッツポーズです。

 どこにでも売っている、身近なお手軽食材で、簡単に作れる料理が紹介してある、そんな漫画が「昨日、何食べた?」です。高級でもなんでもない安い食材で、お金をかけることなく、二人はいつも口福を味わいます。「なんだか幸せだねえ」とケンちゃんが呆けたような声を出し、シローさんに微笑みかけます。その様子を眺めているとこちらにまで口福が伝染してくるように錯覚してしまいます。ささやかな幸福に酔いしれるのは、簡単なようで難しいことです。なぜなら普通の人間には欲があるから、もっと良いもの、美味しいものを食べたいとどうしても思ってしまうからです。だから、私にとっては彼らの生活は真似ができないし、憧れのユートピアでしかないのです。

 考えてもみてください、仕事帰りに疲れていて、空腹ならコンビニに寄ってしまいます。どうしようもない刹那の飢えを解消しようと、すぐ食べられるおにぎりやサンドイッチを買います。間違っても、スーパーに立ち寄り食材を買い、家で料理をしようなどとは思いません。それができる鉄の意志を持つのがシローさんというキャラクターなのです。たぶん、貯金が趣味だと思うのですが、大切なお金の使い方としては見習うべき人です。こんなことを書けるのも、コロナ禍で物事の真実を突き付けられたからです。それにしても、毎日料理している人なら、誰だって「もう疲れた。今日は料理したくない」とたまには思うものです。あの大女優の若尾文子さんでさえ、毎日の献立に悩んでいたのです。でも夫の黒川紀章さんが海外に仕事に行くときは同伴するので、もう料理をする必要がありません。ホッとして解放感を味わったそうです。驚くべきことにシローさんにはその選択肢はないのです。勤勉で綺麗好きで、料理が趣味で鋼のメンタルを持つ、こう考えると稀有な人と言えるのかもしれません。

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