人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

眠りたい、でも眠れない

今週のお題「眠れないときにすること」

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マドリード近郊にあるエル・エスコリアール。NHKまいにちスペイン語テキストから。

眠れない夜は悩ましすぎて、どうすればいいの?

 過去を振り返ってみると、大事な時にはなかなか眠れませんでした。例えば、入学試験とか大事なプレゼンの前日とか緊張を強いられるようなときは、なんだかドキドキして、失敗しないかと不安でいっぱいなのです。でもそんな時だからこそ、たっぷり睡眠をとって、無い頭でも働くようにしておかないといけないのです。睡眠不足だと実力を発揮できないのではなくて、私の場合はそれなりに普通にやり遂げることすらできないわけです。眠らなきゃ、眠らなきゃと呪文のように唱えるのに、いっこうに眠くならず、なんだか眼が冴えてきました。そして、とうとう起きる時間まで後2,3時間しかなくなってしまいました。もうそうなったら、今度は起きているしかありません。危くうとうとしてしまったら、眠りこけてしまい、寝すぎてしまうかもしれないからです。またその頃になると嘘のよう眠気が襲ってくるものなのです。目覚まし時計など全く役に立たないので、睡魔と戦って何とか起きているしかないのです。

 また旅行に行って、朝早く出発する列車に乗らなければならない時も同様で、ぐっすり眠れたことがありません。特に海外なのですが、もし乗り遅れたら、えらいことになる、つまり一日に何本も本数が無いのでその先の予定が狂ってしまうからなのです。「何としても、この列車に乗る」と決めているので今まで逃したことは一度もありません。なぜ早朝の長距離列車を選ぶかというと、目的地に明るいうちに着きたいからです。辺りが暗いと自力でホテルにたどり着くのが難しいからでした。でもそのうち、旅慣れてくると、タクシーを使うようになったので、無理をしてまで朝一番の列車に乗る必要は無くなりました。最初は海外でタクシーに乗るのに抵抗があったのですが、人を信用するようになったおかげで今では平気になりました。だから、移動するときに乗る列車は、ホテルで朝食をゆっくり食べても間に合う時間の便と決めているのです。

 眠れなくて困るという話を以前同僚としていたら、そのうちの一人が「私はいつも眠れないので、睡眠薬を飲んでいるの」と言ったので仰天してしまいました。明るくて人当たりがよく、悩みなどないかのように傍目には見えた彼女が、睡眠薬を常用していたのでした。昼寝などしないのに、夜になると眠気が襲ってくるのに、布団に入ると目が覚めてしまうのです。眠れなくて辛すぎる、でも本当の辛さは他人にはわかっては貰えません。悩んだあげく病院に相談に行き、睡眠薬を貰ってきて飲むようになりました。睡眠導入剤というのは聞いたことがありますが、彼女が飲んでいるのは本物の睡眠薬でした。慣れてくると、自分で加減がわかり、飲んでから何時間後に目覚めるかがわかるのだそうです。驚くべきことにほとんど毎日のように薬を飲んでいて、だからこそ朝起きて会社に来て仕事ができていたし、規則正しい生活ができているのでした。

 そういえば、いつもは遅刻などしない彼女が会社に遅れて来たことがありました。始業時間を過ぎても現れないのでどうしたのだろうと心配していました。しかも何の連絡もありません。やっと姿を見せた彼女は慌てた様子でひどく動揺していました。何事かと思って聞いてみたら、「いつもの時間に目が覚めなかったの!」。どうやら薬の量を間違えて飲んだらしく、それで寝過ごしたらしいのです。時計を見たら、もう真っ青になって、会社に連絡を入れるなんてことは頭にありませんでした。とりあえず服を着て一目散に飛んできたのです。

 昨日の日経の夕刊に載っていた歌舞伎俳優の尾上松緑さんのエッセイの題名は「ネガティブな皆さんへ」でした。その内容はご自身とその仲間である読者へのエールでした。ネガティブでも大丈夫で諦めることないからという応援メッセージだと受け取りました。ただその中で気になったのは、「以前は心療内科にかかっていた時期もあった。睡眠薬はまだ使うことは多いけどね」で、一瞬ギョッとなりました。華やかな世界で活躍する人は私たち凡人には考えもつかないような悩みを抱えているのが垣間見えた気がしたからです。

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ぐっすり眠るために

今週のお題「眠れないときにすること」

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マドリードにあるサン・ミゲール教会堂の内観。NHKまいにちスペイン語テキストから。

睡眠は8時間という理想にこだわらなくていい

 近所の公園にあるイチジクの木がだいぶ寂しくなってきました。あんなにひしめき合ってフサフサしていた葉っぱが上の方を残して落ちてしまいました。周りにあるマツ、栗、ザクロ、柿の木なんかは未だに健在なのに、どうしてイチジクだけこんな目にと嘆いていたのです。スーパーに行ってみると店頭にはおいしそうに色づいたイチジク、和歌山産の大きめの物や福岡産のみついちじくという小ぶりの物が並んでいます。世の中は実りの秋で食欲の秋の到来です。

   一方で昨日の新聞の朝日俳壇には「五時間の深き眠りを得る秋と」の句が筆頭にあげられていました。この句の作者は東京都の藤森壮吉さんで、選者の評は秋という爽やかな季節は眠るのに最適なのだろう。それがたとえ5時間であっても、とのことでした。私などはこの句を見て、秋ってそもそも眠るのを楽しむ季節だっけ?と首をかしげてしまいました。秋は静かで涼しくて心地よい夜長を楽しむものとしか思っていませんでした。時が過ぎていくのを惜しむかのように、本を読んだり、ドラマを見たりして過ごす、それが当たり前と信じて疑いませんでした。それに藤森さんは世の中では理想の睡眠時間は8時間とされているのに5時間で足りるようです。どうやら世の中の常識に囚われなくても自分が満足できているなら構わないのです。

 今は何やら急に睡眠の大切さが注目されて来て、一昔前とは違ってたっぷり眠った方が幸福感を得られると言いたいようです。新聞の統計によると、日本人は先進国の中で一番睡眠時間が短いそうで、そんな事実を知ってもあまりピンときません。私自身は朝5時過ぎに起きるので、自然と9時ごろになると眠くなります。10時にはもう起きていられなくなるので、仕方なくというか、寝たくてたまらなくなって布団に入るのがいつものことです。読んでいる本のページが朦朧として捲れなくなったり、ドラマの続きを見たいのだけれど眠気の方が勝ってしまうのです。そんなふうに眠さが最高点に達したら、サッサと布団に逃げ込むに限ります。それからは意識がなくなり、目が覚めたら朝になっていることが多いです。

 もちろん、夕食の後片付けはすべて済ませ、お風呂に入った後はすぐに歯を磨きます。それが自分への”今日はもう食べるの終り”のサインなのです。以前はデザートを食べながらダラダラと過ごし、気が付いたらもう寝る時間でした。でも、そのまま寝るわけにもいきません、歯磨きというやるべきミッションがあるからです。ある時眠気で朦朧となりながら思いました、さっさと歯を磨いてゆっくりした方がめんどくさくなくていいと。睡魔と戦いながら歯を磨くのは正直辛すぎると実感した私は、食後のデザートの楽しみを手放しました。

 現在は早寝早起きの私も昔からそうだったわけではなく、以前は12時過ぎにしか布団に入ったことはありませんでした。今の生活スタイルになったのはコロナウイルスによる感染症の流行が原因で、去年あたりは皆誰もが朝早く走ったり、散歩をしていました。朝の人気のないうちに運動をと思っても、道には夫婦や恋人同士のカップルがうようよいるではありませんか。これでは意味がないと判断し、1時間早起きしてみると爽快でした。たまにしか人に会わなくなり、見かけるのは新聞やさんか、早起きの猫くらいなものです。それに永遠に続くかと思われたあの地獄のような夏の暑さにも何とか耐えられました。残暑が厳しいとは言っても、今の季節は天国です。

 以前は昼間からものすごい眠気に襲われることもありました。明らかに睡眠不足で朝起きたときにまだ眠いのですから当たり前です。そんなとき昼寝をするのですが、その昼寝もし過ぎると夜寝られなくなるので問題なのです。ある本によると、昼寝は横になるのではなくて、机に座ったままするのが最適の方法だとか。昼寝の時間は15分程度が理想とされており、それ以上眠ったら夜の睡眠に影響を与えてしまうのです。でも、夜質の良い睡眠を望むのなら、できるだけ昼寝はしないのがベストなのです。

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一人旅で眠れない時

今週のお題「眠れないときにすること」

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マドリード新王宮南側外観。NHKまいにちスペイン語テキストから。

一人旅で眠れない時は夜中にやりたい放題で

 実を言うと、最近私は眠れないでいるので、今週のお題はまさに今の状況にピッタリなので正直よかった!とほくそ笑んでいます。私の場合は「眠れない」と言ってもなかなか寝付けない訳ではなく、朝までぐっすり眠りたいのに夜中に目が覚めてしまうのです。朝5時過ぎには起きるし、うたた寝をしてしまうのは別にして昼寝も極力しないようにしています。なのでお約束のように9時頃には眠くなってしまいます。本音を言うと、夜の時間をもっと楽しみたいのですが、早起きしなければならないのでそれは不可能なのです。欲張って、朝も夜も充実させようと思うと睡眠不足に陥ってしまいます。この頃よく思うのですが、本来人間の生活は朝辺りが明るくなったら起きて、夜暗くなったら寝るのが当たり前です。

 朝までぐっすり眠りたいのに、眠れない私はイライラすることもなく薄暗闇の中でそのままじっとしています。何も考えることなく、ただボーッとしているといつの間にか起きる時間になっています。ICレコーダーの目覚ましが鳴ってもまだ眠いのですが、「日曜だから今日はこのまま寝てしまおうか」とはなりません。今の生活で何とか心の平安を保っていられるのは毎日の日課があるからです。朝5時15分に時間に起きて散歩に行く、そして帰って来たらブログを書くという私なりの決まりごとのおかげです。以前はたまにサボることで気分転換できていたのに、今は全く逆の状況なのですからなんだか不思議です。

 もう2年ぐらい旅行、特に海外には行けていませんが、夜眠れない時はけっこうありました。初めての海外旅行は危険情報のガイド本を読みすぎて、誰かが部屋に入ってこないかどうかなんて、今思うとクスッと笑ってしまうことを考えたこともありました。友だちと離れて一人旅をするようになると、最初は慣れなくてなかなか眠れませんでした。でも何回か旅を繰り返していると厚かましくなり平気になるものなのです。ひとりは心細くて怖いはずなのに、それがいつの間にか一転して「ひとりの方が気楽で楽しい」に変ってくるのです。それにこの時とばかりに羽根をのばしているので、夜中に眠れなくても何ら問題ありません。

 ある時、朝早くから博物館や美術館を見て回り、歩き疲れて夕方ホテルの部屋に帰ってきました。ちょっと休憩のつもりでベッドに横になったら、いつの間にか眠ってしまったようです。目覚めたら部屋の中は薄暗く、壁にある大型テレビが放つ光がやけに眩しいのです。テレビ点けっぱなしで爆睡してしまいました。ベッド脇にある時計を見たら夜中の1時でした。これからまた寝るにしては、なんだかすっきりして気分がいいのです。それに猛烈にお腹が空いてきたので、炊飯器でご飯を炊くことにしました。ご飯が炊ける間にシャワーを浴びて、ついでに着ていた服、下着、靴下などを洗濯することにします。日本と違って乾燥している気候のせいか、干しておけば部屋の中でも一日で乾いてしまうので助かります。

 ただ、ホテルによっては夜中にお湯が出ないところもあるので、事前にお湯を出して確かめることが必要です。以前パリで泊まったホテルはまさかの深夜はお湯お断りのホテルでした。流しても流してもぬるい水で、いくら待ってもついに熱いお湯は出ませんでした。当然お湯は24時間出るものと疑わなかった私は寒さに震え、危うく風邪をひくところでした。

 眠れない夜にホテルでひとりですることと言えば、衛星放送でドラマを見ることです。最近のホテルは顧客のことをよく考えていて、長い夜を退屈しないで過ごすことができます。そのドラマでよく盛り上がってベッドの上ではしゃぐ場面が出てきます。私も真似をしてやってみたことがありますが、えらい目に合ってしまいました。私の場合はベッドに寝そべって足をぶらぶらさせるだけなのですが、退屈しのぎにやっていたのです。ところが、勢いがありすぎて、ベッドから落っこちてしまいました。落っこちただけならまだいいのですが、ベッドの脇にあるサイドテーブルにガツンと顔をぶつけてしまいました。急いでバスルームに走り、鏡で顔を見たら、唇が少し腫れて紫色になっていました。でも顔に大した傷は無いのでホッとしたのです。その後、朝食ルームに行ったら、やはり目立つのか人の視線を感じたのですが、気にしませんでした。でもそれ以来ベッドでは遊ばなくなったのは言うまでもありません。

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旅先で眠れない時は

今週のお題「眠れないときにすること」

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セゴビアにあるグランハ王宮西側外観。NHKまいにちスペイン語テキストから。

いつもならじっと布団の中で朝を待つのですが・・・

 考えてみると、私は団体旅行でぐっすり眠れたことがありません。集合時間は朝早いし、不慣れな場所を次々と回って、当然疲れているに決まっています。もちろん布団に入る頃には欠伸がでて、眠くて堪らないのです。それなのにバタンキューとなるかというと実際にはなかなか眠ることができません。隣に寝ている友だちがスヤスヤと気持ちよさそうに寝ているのを眺めて羨ましく思うだけです。自分も早く寝てしまおうと目をつむってじっとしているのですが、そううまくは行きません。結局朝までじっとしたままひたすら朝が来るのを待つしかないのです。よく映画やドラマでは皆が寝てしまって自分だけ眠れない時に部屋を抜け出す場面が出てきます。でも現実には身動きが取れず、そんな冒険は夢のまた夢のお話です。

 以前姉二人と兄のお嫁さんと私の4人で浜松に旅行に行ったことがありました。皆で一緒に旅行に行くのは初めてだったので、何か思い出に残る特別なものにしたいと思いました。4人でホテルに泊まるというと、普通はツインの部屋を2つ取ることになります。その部屋も大抵はベットの側にテーブルとイスがあるだけで、ゆっくりできる環境とはとても言えません。それで、4人で一緒に泊まれて、もっとゆったりできる部屋はないものかと、ネットで検索してみました。捜してみたら、ありました!ホテルのスイートルームに泊まるプランが。それは1日一組限定で家族や仲間と自由に使えるというお得なもの。しかも料金は一日5万円なので4人で割ると1万円足らずで泊まれるのです。こんなお得なプランを利用しない手はありません。すぐに飛びついて申し込みました。

 さて、当日ホテルの部屋に入ってみると、8階の大きな窓からは見晴らしがよく、正面には浜松城の姿も見えました。ゆったり座れるダイニングテーブルの脇にはサイドボードがあって大型テレビがありました。そしてすぐ側にはツインのベッドが置かれていました。おそらくこの場所はソファがあるのがふさわしい場所なのですが、急遽ベッドを運び入れて定員2人のところを4人が泊まれるようにしたのでした。奥にはもう一つの部屋があってベッドルームになっており、バストイレ付きでわざわざ部屋を出て来なくても済むので便利です。

 奥の部屋は姉二人が使うことになり、お嫁さんと私はツインのベッドで寝ることになりました。ダイニングテーブルでお茶を飲みながら、私たちは夜が更けるまで語り合いました。話が尽きることは無いのですが、二番目の姉がお先にと言って奥の部屋に消えました。他の3人も意識が朦朧としてきたので、お開きとすることにしてしぶしぶ寝ることにしたのです。ベッドに入って、部屋のあかりも消して寝ようとしました。ところが、つい先ほどは睡魔に襲われたはずなのに、布団に入った途端目が覚めてしまって眠れません。そのままじっとしているのも退屈なので、どうしようと思ったら、自分は今スイートに泊まっていることに気が付いたのです。「ここは広いから静かにすれば大丈夫!」とベッドを抜け出して、ダイニングテーブルの方に行きました。薄暗闇の中でテーブルに頬杖を突きながら、窓に映る夜景を眺めていました。

 そうだ、お茶でも飲もうと思いつき、バスルームの脇にある流し台に置いてあった電動ケトルでお湯を沸かしました。夜景と暖かいお茶で何とか朝までやり過ごそうとしたら、「一人で何してるの?」と側で声がしました。兄のお嫁さんが起きてきて私にいたずらっ子のように笑いかけました。それからは二人で座談会をしていたら、白々と夜が明けました。私たちは小さな声で話していたはずなのに、次の日に姉に「何やら楽しそうな笑い声が聞こえたけど、何してたの?」と言われてしまいました。どうやら夜中にトイレに起きたときに私たちの話し声を聞かれたようなのです。でも2番目の姉からはお咎めなしだったので、そんなに迷惑をかけたわけでもなさそうです。

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悩ましい贅肉

今週のお題「肉」

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グラナダにある新王宮「カール5世宮」の外観。NHKまいにちスペイン語テキストから。

お腹一杯になって思うことは、不経済な身体が欲しい!

 9月に入って急に涼しくなったので、いったいあの夏はどこに行ったのかと戸惑いを隠せませんでした。でも、今また残暑が押し寄せてきたのに、盛り上がった食欲は衰えを知りません。食べ物が美味しくなくて食べられなかった猛暑の時期が嘘のように、今は食欲がみなぎっています。食欲の秋が今年もやって来たのです。朝からもりもりご飯を食べ、卵焼きを食べ、納豆ご飯も食べて、これで動物性と植物性のたんぱく質が両方取れました。たんぱく質は筋肉の元になる栄養素で、食べるだけではダメで、運動しないと筋肉は作れないのだと何かの本で読みました。だから私としてはできるだけ肉を食べたいのですが、やはり気になるのは自分の身体のお肉のことです。

 若い頃太っていて、シュークリーム10個をペロリと平らげてしまった私も今はとてもそんな暴挙はしたいとも思いません。それに想像するだけで気持ちが悪くなってしまいます。今は標準体重をなんとか維持できているので、食べたい物を我慢してまで痩せたくないと思っていました。食べる楽しみがない人生なんて味気ない。体重を気にして生きるなんて冗談じゃない、と楽観していたのでした。それに忙しくして常に動き回っていたので、体重を気にすることなく過ごしていたのです。でもコロナが流行って自粛生活になると、体力の衰えと共に身体の贅肉が気になるようになりました。早朝の散歩だけじゃ足りないのです。以前と比べて行動範囲が明らかに狭まってしまったのが原因でした。家の中で運動をと心がけても、筋トレぐらいしかできません。それもだいだいいつも3日坊主ですぐ忘れてしまいます。まあ、この問題は生きてる限り永遠の課題ですね。食べても食べても肉が付かない不経済な身体が欲しい!と叫びたくなってしまいます。

 ダイエットで思い出すのはうちの二番目の姉のことです。姉は綺麗好きで、自分の部屋はもちろん自分の顔や洋服に至ってもキレイであることを追求しました。子供の私が見ても化粧は完璧だったし、着るものにもこだわっていつもおしゃれなスーツ姿でした。最近実家に行ったら、偶然に昔の姉の写真が出てきて懐かしくなりました。見ると、まるでお見合い写真のように緊張した顔つきの姉が写っていました。NTTの関連会社に勤めていて、和裁、洋裁、編み物と何でもできる器用な姉でした。そんな姉でもどうにもならなかったは贅肉のことでした。自分で服を作って着るのですが、鏡に映った姿を見るといまいちパアッとしないわけです。もっと細ければ見映えが良くてカッコいいのにとため息をついていました。それでも姉は自分なりに努力はしていて、食べる量を減らし過ぎて倒れて、家族にダイエットを止められたこともありました。

 姉は結局痩せられなかったのですが、縁あって太めの男性と結婚しました。その後実家に遊びに来た姉は嬉しそうに家族の前でこう言いました。「料理に砂糖を使わないでいたら、5キロも瘦せたのよ」。達成感で満足している姉の身体をチラッと見たら、水を差すようで悪いのですが、たいしてどこも変わらないようでした。この時点では姉のダイエットは成功とは言えませんでした。ところが時が流れて久しぶりに会ってみると、嘘のようにスマートな身体になっていたので仰天しました。あの熊のような食欲はもうないようで、お行儀のよい普通のおばさんになっていたのです。「やっと痩せられてよかったね!」と思わず口に出してしまいました。すると姉は「もっと若いうちなら、思いっきりおしゃれできるのにね」と少し残念そうなのです。姉が言いたいのは、足を思いっきり出してミニスカートを穿いたり、流行のファッションに身を包むには若さが必要だということです。もうおしゃれを楽しむには自分は歳をとりすぎてしまったと思っているのです。それに今はおしゃれにさほど関心が無いのです。きっと一番おしゃれをしたいときにできなかったこと、その時期を逃してしまったことを悔やんでいるのです。おしゃれは若さではないと思うのですが、やはり若さは眩しくて貴重なのです。

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高級ステーキ店に行ってみたら

今週のお題「肉」

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▲セビーリヤにあるサン・ルイス教会堂。NHKまいにちスペイン語テキストから。

高級ステーキを食べたのに、盛り上がらない私

 もし、誰かにステーキが食べたい、それとも焼肉が食べたいと聞かれたら、焼肉!と即答してしまいます。それほど、私はステーキと縁がないというか、悲しいことにあまり美味しいと思えないのです。要するに、本当の意味で肉の味がわからない人間で、その上、知ろうとする努力さえもしないのです。特に高級と名のつく肉には近づかないでおくのが無難だと思っています。私の身近なステーキと言ったら、サイコロステーキぐらいなもので、しかもスーパーの特売のパック詰めの肉。毎週金曜日は肉の日でサイコロステーキはたまに食べると美味しいので、大好きなのです。和牛だなんて、とんでもない、オーストラリア産の牛肉です。何しろ580円なのですから。でもそれが一番今の私の身の丈にあった肉で、安心して食べられる値段なのです。

 ステーキを敬遠するのは、たぶん若い頃高級ステーキ店に行ったのが原因です。当時私は東京に住んでいて、友だちと銀座に近い新橋の駅ビルにあるバーによく飲みに行っていました。その頃トロピカルドリンクが流行っていて、ブルーハワイ、ダイキリマルガリータなどのジュースのような軽いお酒を飲んでいました。店に行くとまずはそれを飲んで、その後はキープしてあるウイスキーを水割りで飲むのがいつものことでした。私のお気に入りはマルガリータで、味はグレープフルーツでグラスの縁には塩が塗ってあります。テキーラも入っているのですが、飲むと一瞬爽やかな風が吹くような気持ちになりました。

 あの日は確か友達の誕生日で、彼女がステーキを食べようと言ったのです。しかも銀座の高級ステーキ店で食べるというので仰天してしまいました。よく話を聞いてみると知り合いの男性が奢ってくれるというのです。だから私もついでに行こうと誘われました。一瞬迷いましたが、こんなチャンスは滅多にないではありませんか。それに高級ステーキってどんな味がするのだろうという好奇心が抑えられませんでした。当日はいつものバーで待ち合わせ、さぞかし美味しいんだろうなあとワクワクしながら店に行きました。1人前5千円もするのですから美味しいに決まっていると信じて疑いませんでした。

 銀座の商業ビルの最上階にそのステーキ店はありました。店に入ると薄暗い灯りの中にスタイリッシュな広々としたテーブルが見えました。よく見るとそのテーブルの真ん中で白い帽子を被ったシェフが肉を焼いていて、白い煙が上がったかと思ったらすぐに消えました。私たちは店員に案内されて、テーブルの席に着くと赤ちゃんが付けるようなよだれ掛けのようなエプロンが置いてありました。肉の脂で服が汚れないようにするためなので、店員に促されて私も付けました。さて、肝心のステーキですが、シェフが客の目の前で肉を焼いてくれて、食べやすい大きさに手早く切って、焼き立てをその場でお皿に乗っけてくれるようです。だから当然肉は一人づつ出て来るので、肉を待つ時間が長いのです。その肉も見るとそんなには大きくもなく、すぐに食べられそうなサイズでした。

 自分の肉が出て来るまで、たわいもない話をしていましたが、それも尽きると皆することは同じでした。いかにも興味深々というようにじっと鉄板の上にある肉を見つめるしかありません。早く食べたい気持ちと退屈した気持ちとが混ざり合った複雑な思いで待っていたら、やっと自分の肉が目に前に出てきました。火傷をしないように、ふうふうしながら口に入れたら、美味しい!と感じると思ったのに意外にも普通の味でした。そんなはずないでしょう!と思い直して、また一口食べてみるのですが、どうしても今まで食べたことがないほど特別な味には思えませんでした。私が高級肉の味がわからなさすぎるのかもしれませんが、これが率直な感想なのです。

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夜中に友と食べた牛丼

今週のお題「肉」

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サラマンカにあるサン・エステーバン修道院聖堂主催壇の衝立。NHKまいにちスペイン語テキストから。

夜中にお腹が空いて、誰かが「吉野家に行こう」

 先日駅前を歩いていたら、家族連れが4人で牛丼店のすき家に入るのを見かけました。一瞬「家族ですき家で食事するの!」と意外な行動に戸惑ってしまいました。すぐにいやいや、時代は変わったのだと自分に言い聞かせました。そう言えば、入ってすぐ4人掛けの席があるのが外からでもわかっていました。私の知る限り、チェーン店の牛丼は男性がご飯をガッツリ食べたいときに食べる物で、女子供には縁がない物でした。でもそのイメージはもはや過去のもので、若い女性ひとりでも躊躇することなく店に入って行く人を見かけるようになりました。

 都会で一人暮らしをしていた頃、同じアパートに住んでいる女の子たち二人と知り合いになりました。ひとりは佐賀出身で和裁の学校に通っているスズメちゃんで、もうひとりは観光専門学校でホテルのコンシェルジュになる勉強をしているアキちゃんでした。スズメちゃんは「いつでも部屋に遊びに来ていいからね」と私を歓迎してくれました。いつ行ってもおそらく学校の課題なのか何か縫物をしていた気がします。「東京に出してくれた両親のためにも絶対一人前になる」と夢に向かって懸命に努力していたのです。アキちゃんは私が着る服がなくて困っていると、ある日突然山のような洋服を持って来てくれました。びっくりして呆然としている私に「気に入ったのがあったら着てみて」とだけ言うとサッサと帰ってしまいました。

 私たちはいつもスズメちゃんの部屋に集まり、たわいもない話をして盛り上がっていました。安アパートの窓には網戸が付いていないので、窓を開けておくと、いろんなものが侵入してきます。例えば、急にバサバサと音がしたと思ったら、何かが狭い部屋を飛び回るので、こちらは怖くなって逃げ惑います。それがスズメだとわかると3人で必死になって追い出しにかかり、ピタリと窓を閉めて一息ついたこともありました。暑い夏の夜には何か虫が入ってきて、蛍光灯の下を飛び回っていました。茶色くて大きめな虫だったので、勝手に想像してカブトムシに違いないと皆思いました。でもよく見たらできれば会いたくない嫌な奴、つまりゴキブリだとわかってギョッとしました。

 あの日、夜中まで3人で話し込み、誰かが「なんかお腹が空いたね」と言い出しました。そう言われると、急に何か食べたくなりました。それもお菓子ではなくて、お腹にドーンと溜まるもの、満腹感が感じられるものがいいなあと思いました。それじゃあ、あれしかないと、「駅前にある吉野家に行こう!」と言うことになったんです。当時は吉野家に入る人は皆私たちから見たらおじさんばかりで、それまで一度も店で牛丼を食べたことはありませんでした。その頃は牛丼と言えばまだ吉野家が全盛だった時代で、テレビでCMもやっていて、見るからに美味しそうで食欲をそそられました。ひとりで店に入る勇気?はないけれど3人でなら平気でした。それが夜中であっても全然大丈夫で、いざ店に行ってみると、夜中だからなのかお客さんはポツン、ポツンとしかいませんでした。昼どきの喧噪とは打って変わったような静けさの中で3人で牛丼の並盛を食べました。

 初めて食べた吉野家の牛丼は友と語り合いながら食べた記憶に残る一杯でした。肉はたしかアメリカ産だったと思うのですが、よくこんなに薄く切れるなあと感心しました。味付けは日本人好みの甘辛で飽きの来ない味でした。でもあんなに美味しさに感激したのは、実は真夜中という状況で、しかも仲の良い友だちがいたからなのでした。

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