人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

電気を好きなだけ使う生活に疑問を持って

今週のお題「下書き供養」

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 まだはてなブログに下書きの機能があることも何も知らなかった頃、ふと思いついた何かをメモしておく場所としてwordを使っていました。捜してみたら、下書きではないけれど、ブログのネタのような文章が見つかりました。きっと何か感じることがあったのでしょう。それが何かは思いだせませんが、心に引っ掛かるような出来事に違いありません。それは以下のこんな書き置きです。

 

 叔母によると、昔は冷蔵庫がなかったので、肉や魚はその日に食べる分だけ一軒隣にある八百屋で買っていた。八百屋と言っても野菜だけ売っているのではなく、何でも屋で食料品から日用品まで何でも売っていた。だから冷蔵庫が無くても何も困ることはなかった。何でも屋は祖母の家の冷蔵庫でもあったわけだ。「何しろ家の一軒隣にあるのだから、しょっちゅう買い物に行っていたわ」と懐かしそうに話し、お金は後払いだったという。つまり、帳面と呼ばれるノートみたいなものを持って行き、店の人に商品の名前と金額を書いてもらう。そして月末に合計してもらい支払いをするわけだ。もちろん合計すれば、相当な金額になるのだが、驚いても店に文句を言うわけにはいかないのだ。そのころはかなりアバウトなお金の使い方をしていたのだと振り返る。昔は店と客との間に信用取引が行われていて、それが当たり前の時代だった。

 

 と、こんな風に尻切れトンボのような感じで終わっているので、この後いったい何を言いたかったのかと不思議でなりません。でも死滅するはずの書き置きが救われたわけで、きちんとした文章にならなくても、心に残った何かの尻尾でもいいから捕まえておいて記録しておけば、何かの役に立つということが証明されたわけです。想像力を働かせて、当時のことを振り返ってみると、どうやら電気を好きなだけ使う生活に疑問を持ち始めていたようなのです。電気は確かに私たちに便利で快適な生活を与えてくれますが、そんなに「もっともっと」と求めなくてもいいのではとも思うのです。たぶん、そんな思いを抱いたのには、世界の現状を自分の目で見たからだと思います。初めて海外旅行に行ったのはイタリアでしたが、そこには日本の街にあるような自動販売機はありませんでした。「どうしたらいいの?」と困惑するばかりなのにスーパーは7時までしか開いていません。どう考えてもこれは不便なのではと思ったのは私が日本人だからで、そこではこれが当たり前のことで、何の問題もないのです。

 もっと仰天したのは、アイスコーヒーがないことで、真夏なのにコーラなどの飲み物を頼んでもグラスに氷はついてきません。だんだんとコーヒーは暖かいのが世界の常識だということがわかってきました。あのスターバックスだってアイスコーヒーはないらしく、聞いてみる勇気がないので、店の中を観察してみたことがあります。でも誰一人冷たいコーヒーを飲んでいる人は見当たりませんでした。真夏に喉がカラカラになったら、頭が痛くなるほど冷え切った飲み物をグイッと飲みたいのに、自動販売機がないのは悲しいことです。でも彼らは脇に抱えた2リットルのペットボトルの水を飲んで満足しているのです。そこで思ったのです、多くを求めなければいいのだと。

 それから、世界では今や節電が当たり前なのだという常識を目のあたりして目から鱗でした。以前旅行したスロバキアの駅は昼間行ってみたら真っ暗でした。日本なら「これは休みなのね」という状況ですが、よく見たら遠くに小さな灯りがあるのに気づきました。それが駅の切符売り場の窓口でした。どうやら電気は夜になってから使うものらしく、売店も薄暗い中を進んで行ったら、突然初老の老人が現れてビクッとしてしまいました。その時はまだ東ヨーロッパだから云々などと言う認識しかなかったのです。でも数年前行ったスペイン最南端のアルへシラスでも同じ経験をしました。要するに、必要のない電気は使わずに、使うべきところには使うようにして電気を大切にしているのだと気付いたのです。

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ロバート・マックロスキーの絵本

今週のお題「下書き供養」

 ブログの下書きなんてあったっけと思ったら、ありました。去年の11月ごろ絵本に嵌っていた頃「これは面白い」とその発想力に感心して、書きかけた記事が。でもその時は気持ちばかりが高ぶって、集中力が全く続かず敢え無くリタイアです。誰かにこの思いを伝えたいのに、感情移入ができなくて、「今はダメだからまた後で」と諦めたのです。そして世間で言われているように「また後で」は永遠に来ないはずでしたが、幸か不幸かその機会がやってきました。以下は今まで放置されてきた、日の目を見ない運命だったはずの下書きです。

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▲大型絵本「沖釣り漁師のバート・ダウじいさん」の表紙

漁師を引退しても楽しく生活?

 このロバート・マックロスキーの絵本「沖釣り漁師のバート・ダウじいさん」の中に出て来るじいさんは寂しく惨めな生活を送っているわけではないのです。過ぎた日の栄光をよすがに生きているわけでもなく、かつては活躍した船をあろうことか花壇にして花を植えているのです。じいさんは2艘の船のうちの一つにスイトピーやゼラニュームを咲かせて楽しんでいるのです。もう一つの船もあちこちガタが来ているので、板切れを打ち付けたりして水漏れを治し、機嫌を覗いながら使っているのです。調子のあまり良くない船の名前は「潮まかせ」と言います。じいさんは潮まかせのことが自慢で、沖に出るときはみんながじいさんに気づくほど独特の音を立ててその船は出ていくのです。その船の色がまた年寄りくさくない、なんとピンクと緑の縞々です。少し色が派手にも思うのですが明るくていいではないですか。じいさんの服装も赤の縞模様のTシャツに黄色のサスペンダーのズボンで、年寄り臭さを感じさせません。

釣り糸にクジラが掛かって大変なことに

 じいさんがオンボロな船で沖に出て、久しぶりに釣りをしようとしたら

 

 さて、それからどうなったかと言うと、じいさんの放った釣り針がなんとクジラの尾びれに引っ掛かってしまったのです。たまたまその日はクジラが海の散歩を悠々と楽しんでいました。ところが運悪くじいさんと出くわして、尾びれにケガをしてしまったのです。このじいさんは、よくスタインベックの「老人と海」の頑固一徹の孤独な老人とj比較されるそうですが、天と地くらい性格が違います。じいさんはかつての栄光、つまりじいさんなりの漁師の誇りを一切捨てて、そんなものは何の役にも立たないと思っています。これからの日々を楽しく生きることしか考えていないので、クジラにけがをさせてしまったこと申し訳なく思いました。それで、じいさんは自分のポケットからバンソウコウを取り出してクジラの尾びれに貼ってあげたのです。そのバンソウコウの色はピンクで、しかも水玉の包み紙のキャンディーの絵が付いているやつでした。クジラはそのバンソウコウがたいそう気に入ったのか、尾びれを何度も振って喜んでいます。

 するとどこからともなくクジラたちが集まってきて、豪快に潮を吹き始めました。そしてじいさんに何かをして欲しいとばかりに一斉に尾びれを振っています。最初のうちじいさんはクジラの大群に囲まれて、何が何だかわかりませんでしたが、そのうち気づいたのです。彼らも尾びれにバンソウコウを貼ってほしいのだと。心優しいじいさんは自分の持っているありったけのバンソウコウを彼らにつけてあげました。クジラたちが可愛いバンソウコウを付けた絵があればいいのにと今更ながら思います。古本屋で見つけたときに「また今度」と言って別れたっきりで、あとで再会しようとしたらすでに売り切れていました。それで公立図書館に行って借りてきてまた読み直しました。その時撮ったクジラたちが潮吹きをしている、ダイナミックでかつユーモラスな絵を載せておきます。

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 ロバート・マックロスキーの絵は自然の雄大さや動物の特徴をよく捉えていると感心します。彼の絵のセンスは彼自身の生活スタイルから来ているのではないかとも思うのです。暖かい季節は米国のメーン州の入り江にある小さな島で暮らし、冬になったら南の島へというような凡人には羨ましいような生活を送っているからです。彼の本「海辺の朝」にも夏が終わつて、「さあ、荷造りしよう。ここを去る時が来た」と家族で旅たちの用意をする場面が出てきます。都会のコンクリートとは無縁である点においても、他の絵本作家とは一線を画しているのです。

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自己啓発本「頭のいい人はシンプルに生きる」

お題「#新生活が捗る逸品」

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▲この「頭のいい人はシンプルに生きる」の著者ウエイン・W・ダイア―は心理学者です。この本は彼が日々カウンセリングする患者たちを治療する中での体験から生まれました。彼らが皆似たようなことで悩み苦しんでいることを問題視して書かれたのです。彼らの嘆きの原因は自己犠牲を払ったのにとんでもないこと、つまり惨めな思いをさせられている状態に陥っていることです。「何とかすると約束したのに、結局裏切られてしまった」とか「彼にこの種のことは任せるべきではなかったのだ」とか、「またあいつにひどい目にあわされた」などと、彼らは著者に助けを求めに来たのです。『様々な形で他人の犠牲になることに甘んじたがために、結局は自分の自由を侵されてしまった人達』、そんな人達が多すぎると痛感しました。それで、彼は後で悩み苦しんで人生を棒に振るくらいなら、もっと自分本位に生きていいのではと考えたのです。

常に誰かの犠牲にはならないと肝に銘じる

 新しく何かを始めようとしたときに、必要なことは何かと考えてみます。すると頭に浮かぶのは新しい部屋、あるいは不用品を全部捨てて生まれ変わった部屋、つまり環境をリセットするということです。それから、一番大事なのは今までの自分の凝り固まったカチンカチンの考え方を捨ててしまうことです。環境は整えても、そこに住む人間の頭の中が悩みが絶えなかったとしたら、日々悶々としていたとしたら、どうでしょうか。私にとって、この「頭のいい人はシンプルに生きる」と言う本はまさに悩みのるつぼにいたときに出会ったのだと思います。「思います」と敢えて言うのは、この本を買った時のことを全く覚えていないからで、自分にとって嫌な記憶は消すようにしているからなのです。おそらく、本を自由に読むことができる大型書店で数ある自己啓発本の中から、一番共感できるこの本を選んだのだと思います。

 この本の言いたいことは、「自分以外の誰かによって自分が犠牲にならないこと」です。よく「自分さえ我慢すれば、ことは丸く収まる」などと言います。でも当の自分は人間ですから仕方のないことだとわかっていても、敗北感と言うか、「なぜ自分がこんな目に合わなければならないのか」と惨めな気持ちになるものです。他人にはもちろん、自分にさえも「平気よ、大丈夫」と言い聞かせてみてもふつふつと沸き上がってくる疑問は消せないのです。物わかりのいいひとは、これくらい当たり前という振りをして、実は「自分ばっかり」という思いをしているはずなのです。こんな惨めな思いばかりしていたら、いつかきっと心を殺られるのではないかとさえ思えてきます。だから、この際「物わかりのいい人」をやめてみるのです。自分が嫌なことは断固拒否し、自己主張してみると周りの反応も変わってきます。とは言っても、”言うは易く行うは難し”で勇気がいることです。はっきりノーと言うことは難しいのです。それでも自分から自己犠牲を申し出る人には絶対ならないぞと固く心の中で誓うのです。それだけでも自分の人生は一変するのです。

 些細なことでいいのです、自己犠牲をやめることは他人に嫌な思いをさせられるのを拒否することです。自分の大事な一日が不快なものになることから守ることでもあります。例えば、寒い冬の日にカフェに行くと、一人の席は入口に近い所しか空いていません。そんなとき、物わかりのいいひとは当然寒くても、空気を読んで一人席に座ります。でも奥にはちゃんと他にも空いている席があるのですから、寒い思いをする必要は全くないはずです。人には誰にでも他人に迷惑をかけない限り、いい思いをする権利があると考えればいいのです。不快な思いをすることを極力避けることは、自分の時間を充実させることで、人生において重要かつ不可欠なことです。

 私の場合は、コロナ禍の最中新幹線に大阪から乗車したことがありました。車内はガラガラだったのに、二人席の窓際の席に座ってホッとしていたら、隣の席に一人の男性がやって来たのです。私はすぐに「こんなに空いているのにどうして?」という思いにとらわれてしまいました。と同時にどうしようもない圧迫感が押し寄せてきて息苦しくなりました。この状況をなんとしなくては、とか、このまま2時間も座っているのは無理とかという思いが頭の中を駆け巡りました。でも2時間ぐらいなら我慢できるという考えもあったことは事実です。そんなとき、ふとなぜ自分の大切な時間を犠牲にしなければならないのか不思議に思ったのです。周りの乗客は寛いで楽しそうにしています。あの人達は自由なのに、今の私はなぜこんな不快な思いをしなければならないのか。どう考えても理不尽すぎると思ったら、幸運にもちょうど車掌が通りかかりました。席を移ることを車掌に申し出たら、3人掛けの窓際の席に落ち着くことができたのです。

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心に刺さる「死んでも床に物を置かない」

お題「#新生活が捗る逸品」

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▲整理収納コンサルタントの須藤昌子さんの著書『死んでも床に物を置かない』。本屋でこのタイトルを目にした時は一瞬で凍り付いてしまいました。まさに核心を突いた指摘に感動さえ覚えました。「絶対に」などという生易しい表現ではなくて、「死んでも」なのですから究極の熱意が伝わってくるのです。「これくらいなら」という安易な考えが積もり積もったあげく、どうしようもない散らかった状態になることは経験からわかるのでなおさらです。(写真はアマゾンのサイトから)

やらないルールを自ら作ることの大切さを学ぶ

 希望に燃えて、新しい部屋で生活をスタートさせようとするとき、必須なのはこの本のタイトルにもあるように「死んでも床に物を置かない」ことです。テレビのコマーシャルが覚えようとしていないのに口をついて出て来るように、この言葉を呪文のように呟き、自分に言い聞かせてみる。そして、やるべきルールではなくて、やらないことのルールを決めればいいのです。この本の著者須藤昌子さんが強調するのは、床に物を置かない、テーブルに物を置かない、棚に物を置かない、なのですが、一時保管の場所を必ず作ることを勧めています。つまり、捨てるかどうか迷ったときの物の避難所としてのスペースです。もちろん、生活に必要な物の収納場所はあらかじめ決めておきます。あらゆる物が迷子にならないように、それぞれに住所を与えてあげるのです。それと、物の数を決めておいて、一つ買ったらひとつ捨てることをルール化する、そうすれば、あとで断捨離などという疲れることをしなくて済むのです。

 私の友達に掃除が大好きな女性がいるのですが、自他共に認めるほど掃除が趣味のような人です。ある日遊びに行ったら、話の途中にも関わずまるでそれが自然なことであるかのように拭き掃除を始めたのです。それも、私たちとあれこれ話しながら、本棚や飾ってある人形ケースのガラスを拭いていきます。全く手を止めることなく、毎日の習慣である掃除をこなしていたので、「掃除が好きだね」と皆呆れました。彼女曰く、「きれいになるのが楽しい」と言うのです。どこに出しても恥ずかしくない綺麗な部屋の拭き掃除、だからこそやる気になるのだと納得しました。

 須藤さんによると、片付けの苦手な人は片づけや掃除ができないから、「部屋が汚い」と思われている。しかし、実は逆で部屋が汚いから、「片づけや掃除ができない人」になるのだそうです。なるほど、心の中でストンと重荷が落ちたような気がします。自己啓発のために片づけ本を読む前の自分を思いだすと、私の視線は外へ外へと向けられていました。その行動の裏には紛れもない真実が隠されていたのです。つまり、できるだけ自分の部屋に居たくないのです、部屋が汚いから。「部屋が汚いと人は事実を直視したくないので外に逃避するようになる」とは何かで読んだことがあります。どうにかしなければとは思うのですが、一歩踏み出すきっかけもないし、面倒臭いのが嫌いなのでやる気になりません。でもそんな人にも逃れない絶好の機会が訪れることもあります。その最大の機会は引っ越しです。今まで何かと自分に都合のいい言い訳をして避けてきた、その代償はとてつもなく大きくて、疲れ切ってしまいます。でも片づいた部屋を見ていたら、達成感もあってなんだかスッキリします。その時の爽快感が一時的なものであったとしても、この経験が後になって役に立つのは間違いありません。

 現在の私が戒めとしているのは、朝日新聞の声欄に載っていた、長崎県に住むある男性の提言です。その人は集中豪雨で泥まみれになった大分県にある実家を毎週片付けています。もちろん自分一人ではできずボランティアの方に助けてもらっています。トラック何台分ものゴミが出ます。やってもやってもはかどらず先が見えません。終わりのない作業の中でふと思ったのは、「不用な物が多すぎる」ということです。それに「人が生きていくのにこれだけ多くの物が果たして必要なのか」と疑問にも思いました。もしも普段から不要なものはすぐに処分し、必要最低限度の物で暮らしていたなら、これほどの片づけの苦労はしなくてよかったのではと、今更ながら実感したのです。

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わたなべぽんさんの本「やめてみた」

お題「#新生活が捗る逸品」

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わたなべぽんさんのコミック「やめてみた」が凄いのは、実際に全部やめたことが書いてあることです。「ええ~!?嘘でしょう」と言いたくなるほど「やめてみた」勇気と行動力に脱帽です。(写真は話題の本のサイトから参照)。
世の中のあたり前を疑ってみることが大事

 誰だって便利で快適な生活が大好きです、でもそんな生活を求めすぎると何らかの代償を払わなければならないのです。例えば、原子力発電所はリスクを伴うとわかっていても電気の需要供給には欠かせないのです。電気をそんなに使わなくも毎日の暮らしが何とか成り立つとしたら、電気製品は必要最低限でいいのではないでしょうか。渡辺さんは「やめてみた」の本の中で、まず炊飯器、そして次に掃除機をやめました。これを読んで仰天し、「やめてどうするの?」と思わず叫んでしまいました。頭の固い私は炊飯器を捨てたらご飯が食べられないのではとさえ思いました。でも、考えてみると昔田舎ではかまどでご飯を炊いていたのです。炊飯器など無くても、ちゃんと普通の鍋でご飯は炊けるのです。わたなべさんも当初は物凄く困るだろうと想像していましたが、土鍋でご飯を炊いてみたら炊飯器より美味しかったそうです。

 頭ではわかっていても、炊飯器をやめる決心は今のところ私には無理です。でもこれからはいつ何時緊急事態が起きるかもわからないのです。そんな時にカセットコンロとお米と水、それに鍋があればご飯が炊けます。でも一度もやったことがないとうまくできるかどうかはわかりません。だから時間があるときに試してみることが大切ではないでしょうか。私自身はお腹を壊した時におかゆを作った経験がありますが、鍋でごはんを炊いたことはありません。と言うよりそんな無駄な発想は浮かんでは来なかったのです。電気はいつだって使いたい放題に使えるものだという考えが身についているからです。一方で、アパートのベランダにソーラーパネルを設置して、電力会社の電気に頼らない生活をしている女性もいるのです。もちろん、冷蔵庫もテレビもないのですが、ラジオを聞けて、自分なりに楽しく生活できていると笑顔でした。

 炊飯器と言えば、知人が10万円もする南部鉄器の炊飯器を買いました。それで早速どんなものか知りたくて食べに行きました。以前食べて口の中でモゾモゾしていたお米は魔法の力でモチモチになっていました。でも、果たして高価な炊飯器が本当に必要なのかと疑問に思ったのも確かです。今本当に必要なのは土鍋であれ、普通の鍋であれ、美味しく炊けるコツを身につけることだと気が付いたのです。また、掃除機については、やめるのもありかなと思えるのです。なぜなら、部屋の隅に置いてあるのですが、少しお邪魔虫にも思えるときがあるからです。無いなら無いで、ほうきと塵取りで十分やっていけると思います。

 最近話題になっている家庭で焼き立てパンが食べられるパンメーカーに憧れたこともありました。毎朝出来立てふわふわのパンとコーヒーの朝食を思い描いていたら、知人が予想外の一言を発しました。「あれを使っているときは他のことができないのよ」。つまり、ホームベーカリーを使っているときはエアコンダメ、炊飯器ダメで、ものすごく電気を食うのだと言うのです。「確かにパンは美味しくてとても気に入っているけど、しばらくは我慢する」と本音を漏らすので、購買意欲が失せてしまったわけです。ただ、筋金入りのパン好きと言うわけでもないので、別に無くてもいいかで夢は消えました。でも電気製品を必要最低限にして生活するのが目標なので、何の問題もありません。

 さて、「やめてみた」と言う話題に戻ると、私がすでにやめてみてよかった思えることは多々あります。例えば、綺麗をキープすることが呆れるほど難しい台所に関して言うと、流しの三角コーナーや水切り籠をやめたことです。あればあったで毎日のように洗わなければならないし、さぼるとヌルヌルになってもうお手上げでストレスになっていました。めんどくさがり屋の私にはとても御守りができませんでした。だから思い切ってやめてみました。その結果、手間いらずで流しも掃除しやすくなりました。食器も洗ったらすぐ布巾で拭いて食器棚にしまう習慣が身に付きました。それから、洗濯物を畳むのはやめて、ハンガーにかけたまま所定の場所に置くこと、もちろんアイロンがけもやめました。日常生活の中で「しなくてもいいこと」を見つけることが、自分の人生を後悔しないことに繋がるのだと思うのです。後で振り返ってみたら、「私の人生って雑用でしかない。自分の本当にやりたいことをやってない」などと錯覚しないためです。

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辰巳渚さんの本「捨てる!技術」

お題「#新生活が捗る逸品」

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 物を捨てる心構えをこの本から学んだ

 ミニマリストの暮らす部屋が載っている本を何度も見ていたら、「こんな何もない部屋に住んだら気持ちがいいだろうなあ」と思えてきました。普段から物に囲まれ、雑然とした部屋に住んでいると、何もないすっきりとした部屋に憧れます。例えば、海外旅行に行ったときに泊るホテル、余計な物が何もないのでものすごく落ち着きます。煩わしい日常から離れて、ホッとできる空間なのです。荷物も最低限なので、何を着ようかなどと迷うこともありません。それしか着るものがないのですから悩む必要などないのです。下着も2~3枚あれば十分で、夜寝る前に洗濯しておけば、朝にはもう乾いてしまっています。下着だけでなく、ジーンズでさえパリパリに乾いているので必要最低限の服で大丈夫なのです。気が付いたら、何の不便を感じることなく、リュックサック一つで旅行できていました。

 でも実際、そんな生活を家に帰ってからも続けようとするとなかなか難しいのです。あれは旅行先だからできたことだからです。でも少しでも、快適でくつろげる空間で暮らしたいという思いは消えません。思えば、物が多いのは少ないよりはましという考え方からで、不安な心の隙間を埋めて安心したいからでした。物を捨てることは寂しい事であり、罪悪感を伴うことでした。壊れてもいない物やまだ着れる洋服を捨てるなんてことはとても痛みを伴うことであり、もったいないことでした。しかし、過去に買ったとりあえず取ってある物たちが自分の生活に影響を与え始めていることにも薄々は気づいていたのです。どこかに必ずある物を捜すのにかかる時間、いつか使うだろうと保管してあるものでいっぱいの押し入れを開ける煩わしさが自分にとっての重荷でしかなくなった時、思ってしまったのです、楽になりたいと。

 物に執着することは物に縛られ、支配されることではないかとさえ思えてきました。それに物がないと掃除が楽でいつも部屋を綺麗にしておけるというメリットがあります。昔、まだミニマリストなどと言う言葉もない頃、クロワッサンという雑誌を見ていて衝撃を受けました。そこには「いつ行ってもきれいな家」という特集記事が載っていました。そのグラビアの中で私が一番注目したのは、雑貨屋を経営している女性の自宅で、物があまりなくて、嘘のようにすっきりしていました。猫を2~3匹飼っているのに片づいているのです。「あの人、忙しいのにいつ掃除するのかしら」と知人や友人たちが不思議がるほどでした。まるで魔法使いのように素早く掃除するのではとさえ思えるのに、当のご本人は猫を抱いてにっこりとほほ笑んで余裕の表情でした。当時は謎の人としか思えませんでしたが、今ならなんとなくわかります、掃除がしやすい仕組みができていたのだと。外にだして置くものを極力なくして、短時間で簡単に掃除ができてしまうように工夫していたのです。食器なども最低限しかなくて、床には物を置かないからストレスもゼロなのです。

 さて、家に溢れる物たちを手放して自由になろうと決心した私ですが、どう捨てていいかわかりません。捨て方の基準がわからないし、何よりやる気になる「燃える心」が欲しかったのです。捨てることは悪いことだという固定概念を覆すような、何か背中を押してくれるような考え方はないのだろうかと本屋をうろうろしていました。そんな時出会ったのが辰巳渚さんの「捨てる!技術」でした。その中で目から鱗だったのが、「あなたの大事な物は他人にとってのガラクタ」という紛れもない真実を指す言葉でした。以前親戚の葬式に行ったとき、形見分けをしようと故人の遺品の数々を物色している光景を見ました。遺されたものをひとつひとつ手に取り、ああでもないこうでもないと言いながら「それはいらない、私はこれを貰うわ」などと言い合っていました。当の本人が見ていたらどう思うだろうか、と内心思いました。でも遅かれ早かれすべて捨てられてしまうのです。だから、まずは物への執着心を捨てるところから始めるべきなのです。

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ミニマリストの衝撃

お題「#新生活が捗る逸品」

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▲本屋でこの『何もない部屋で暮らしたい』を見つけたときは一瞬頭がガア~ンとなってしまいました。最後のページまで一気に立ち読みしたのですが、何度でも見たくなって買ってしまいました。自分の手元に置いて、いつでも読み返したいと思える本でした。別れが惜しくなるような本、その場限りで忘れてしまいたくない本、そんな本ってなかなかありません。久しぶりに手に取って読んでみると、当時のことが蘇ってきてとても新鮮です。2015年に購入して以来、ミニマリストを目指すようになりました。その後片づけに関連した様々な本を読みましたが、自分の物にしたいと思えるような本には出会いませんでした。だいたいは本屋でサラッと読んで、その中の「このアイデアは凄い」と思った内容を参考にするだけです。本屋から立ち去るときに、後ろ髪を引かれることはめったにありません、悲しいことに。

片づけとは無縁だった私がミニマリスを目指して

 実を言うと、田舎で子供時代を過ごした私は、都会に出て来るまで「片づけ」とは無縁でした。あの頃、結婚式や葬式でもらってきた引き出物は洋服ダンスの上に積み上げられていたし、壊れて使えなくなった電気製品などは離れの屋根裏部屋に持って行くのが習慣だったからです。また現時点では使わないものすべての一時保管の場所としても利用していたのです。家が広いので、不要な物を置く場所を決めていたせいで、特に片付けの必要性を感じなかったわけです。自分の部屋も同様で、小学校では何かと整理整頓しようと教えられていましたが、普段の生活の中で意識したことはありませんでした。あくまでそれは学校でだけの決まり事でした。

 そんな私も一度だけ仰天し、こんな生活をしている人もいるんだとある意味感心したことがあります。当時私たちの村では、その土地に昔から住んでいる住民とは別に他所から移り住んで来た人たちもいました。彼らは市営住宅の狭い部屋に住んでいたのですが、どんな暮らしをしているのか実際に見たことはありませんでした。彼らの子供はめったに家では遊ばなくて、外で遊ぶように親から言われているようでした。それは家が狭いからで、もっともな理由だったのですが、ある日一度だけ遊びに行ったことがあります。私たちは猫の額ほどの狭い縁側に腰かけて遊んでいたのですが、友だちが家の中に何かを取りに行こうと戸を開けました。その時見た光景を今でも忘れることはできません。そこで見たのは狭いながらも美しく整理整頓された、どこに出しても恥ずかしくない部屋でした。畳の上には物ひとつなくて、いつでも何でもできるようにスタンバイされた部屋でした。折り畳みのテーブルを出してくれば食事もできるし、また布団を押し入れから出せば寝室にも早変わりするのです。唯一の部屋を自由に使えるように極力何も置かず、散らからないように努力していたわけです。

 子供ごごろにも「部屋がない人達はこんなにもすっきりと暮らしているんだ」と衝撃を受けました。だからと言って、それに影響されて自分の生活が変わったわけではないのです。考えてみると、家が狭いと何か工夫して、少しでも快適にしようと頭を使わざるを得ません。子供の時に見た光景は、狭いスペースで暮らす都会の生活そのものだったのです。そのことを意識したのは東京に来てだいぶ経ってからでした。実を言うと、記憶の奥底から忘れていたはずの思い出を引っ張だしてくれたのは、佐藤可士和さんの言葉でした。それは「デザインは整理そのもの」で佐藤さんが整理に目覚めたのは小学校3年の時でした。ある時友人の家に遊びに行ったら、部屋がきちんと整理されていて、本も鉛筆もランドセルさえもが美しく置かれていたのです。その光景に触発された佐藤さんは家に帰ると早速自分の部屋の整理に取り掛かりました。そして気づいたのは整理は楽しいということで、今考えると自分の6畳の部屋をデザインしていたのだと懐かしく思うそうです。

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