人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

こんなに速く歩けるようになって嬉しいよ

プールの常連の男性のひと言に仰天

 毎日通っているプールが水抜き清掃のために1週間休みになったことは既に書いた。ぽっかりと空いた時間は想像以上に長く、じれったい思いで過ごした。ようやく土曜日になって、待ちに待ったプールが午後5時に開場したので、夕方でも何でも構わない、もちろん、時間など気にせずにうきうきして行った。ところが、たった1週間でも、足の方は敏感に反応し、全く動いてくれない。暫しの休みを挽回できたのは、結局4日目で、ようやくいつものように歩けるようになった。友だちのマサコさんとおしゃべりをしながら、歩いていたら、違和感なく40分間歩けた。この時ばかりはマサコさんがいてくれて本当によかったと感謝したい気持ちになった。あれでひとりっきりで黙々とだったら、あんなに歩けただろうか。おしゃべりをしていたら、あっという間に時間が過ぎて、時計を気にしなかったら、もっと歩けたかもしれない。それでも、やはり無理は禁物で、帰りの足に影響が出たらと心配になり、その辺で切り上げてやめておいた。

 考えてみると、お盆にも、自分の都合で、1週間プールを休んだが、その時と今とでは足の反応が全く違う。それは足が両足とも筋肉痛が酷く、地上であっても結構痛みを伴うことだ。それでも、足の動き自体は当時よりははるかに良くなり、痛みがあるにもかかわらず、時間的には早くプールに歩いて行けてしまう。自分でもびっくりするほどで、以前は前に進もうとしても、何かが邪魔をして前に進めなかったのに、今ではそのくさびのような何かが外れてと言うか、とれたと言うか、そのために、スムーズに足が前に出るようになった。そのおかげで、以前よりも早く歩けるようになったのだ。このことは大変喜ぶべきことなのに、当の私は心底喜べない。なぜなら、足の痛みはどうしても、消えてくれず、24時間、厄介な痛みは常に私と一緒にいるからだ。さっさとお別れしたいのに、どうしても離れて行ってはくれなくて、まさかこのまま永遠に一緒?かと想像するだけで、ゾッとする。マサコさんもお腹と腰の痛みとで悩んではいるが、プールに来ると、水の中では痛みが消えて、自由になれるといつも言っている。その点においては私もマサコさんと同じだ。

 プールが開場になって5日目に、いつもニコニコしている顔なじみの男性に声を掛けられた。その人は、私を見て、「やあ、本当に歩くの速くなったね。最初から見ているけど、とても信じられないよ」と言った後、「こんなに歩けるようになってくれて、本当に嬉しいよ」などと感慨深げの様子だった。当の私は「嬉しいよ」と言われたことに対して、「私なんて、赤の他人なのに」と斜に構えた反応をしながらも、動揺せずにはいられなかった。内心、私はその人の言葉に驚かずにはいられなかった。「最初の頃なんてさあ、プールサイドを歩いているのを見たら、フラフラしているので心配になっちゃったよ」と言われて、当の本人の私は二度驚かされた。当時の私は絶望していて、他人からどう思われるかなんて、考える余裕などなかった。私はおとなしく、目立たないようにしていたはずだったのに、知らず知らずの中にそんなに目立っていたのかと思うと恥ずかしくなる。すべては知らぬが仏だ。

 それにしても、人と言うのは他人のことをよく見ているものだなあと感心する。それに、プールに来たばかりの私は相当に酷い状態で、危なっかしくて見ていられなかったのだと初めて知った。プールに通い始めて、もうすぐ半年になるが、誰一人そんな人を見かけたことがない。となると、そんな痛い足を何とかしようと、勇気を出してプールにやってくるのは私ぐらいなものか、とも思えてくる。今のところ、私の”仲間”に出会ったことがない。

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