人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

ウォーキング専用コースがあること自体有難い

水しぶきをもろに浴びたり、蹴られたり

 いつも通っている市民スポーツセンターのプールが当面の間休館になったので、別のプールに行かざるを得なくなった。正直言って、そこはいつものプールよりも10分も余計に歩かなくてはいけないし、その上、ウォーキングコースの水深が1.2mと深くて、私にとっては絶対行きたくない場所だった。そんな私が是が非でも行かなきゃと思えたのは1年以上も患っている左足のためで、ここで水中ウォーキングを中断してなるものかと本気で思った。正直言って、別のプールでは水の中で一歩歩くのも至難の業だった。水の壁に阻まれて、前に進むことさえできなかった。

 決意を新たにして挑んでみたが、やはり水圧には勝てず、最初はプールの端っこの壁につかまってやっとこさ歩いていた。でも、このままではいけないと、以前誰かから聞いた通りにやってみた。良い方の右足でジャンプし、いや、ジャンプと言っても少し体が浮き上がる程度だが、左足を前に出す。そのやり方で試してみたら、少しは前に進むことができた。いち、にい、と声を出しながら、リズムよく前に進もうとするが悲しいことにすぐに足が疲れてくる。ではどうするか、足だけでは無理なら、そうだ忘れていた、まだ使えるものが有るではないか。それは、手で、両手で水をかきわけて進めばいい。大股でカッコヨクあるいる人たちをいつもまじかに見ていたが、彼らは皆手も大きく広げて水をかきわけて進んでいた。そうか、私のような非力なものが足だけを頼りに進むなんて、どだい無理な話だ。足だけでなく、両手も使ってやってみたら、何とか前に進めた。

 そうなのだ、要するに、水深1.2mのプールでは、いつものプールの1.05mの深さとは全く別の歩き方をしなければならないのだ。今回自ら体験して、その事が初めて分かって、まさに目から鱗だった。考えてみると、1.2mの水深では私の身体は肩まですっぽりと水に浸かってしまう。そんな状況では、歩くというより、前に進む、つまり”前方へ移動する”という表現が正しいのではないか。水深1.2mの世界では、水圧に勇敢に立ち向かおうなどとは思わない方が良い。それより、むしろ水の浮力を最大限に利用することに頭を使った方が良いと思えて来た。

 昨日も、ある女性は水の中を体をくねらせて、跳びながら進んでいた。まさにぴょんぴょん跳ねながらも、どんどん彼女の身体は前へ前へと進んでいく。そうか、あんなやり方もあるのかと感心した。だが、私に真似できるかと言うと、それはかなり難しい。その場でジャンプぐらいはできるが、あんなに前へ前へと進むことはできそうにないからだ。今の私は右足でジャンプし、左足を前に出して進むやり方を試していて、それだけでは頼りないので、両手も使って、何とか30分程度は歩けている。欲を言うなら、もっと楽に前に進む方法はないものかと頭を悩ませているのが本当のところだ。今の状態が辛いとかではなくて、何だかもどかしいのだ。いつも30分で留めて置いて、無理をしないのは嫌になるのを避けたいからだ。市民スポーツセンターのプールがいつ再開するのか見当もつかない状況では、嫌になっても戻る場所がない。

 それに、何処か別のプールがないかとネットで検索してみても、なかなかウォーキング専用コースがあるプールは見つからない。つまり、専用のコースがあること自体珍しく、有難い事なのだ。その事に今更ながら気づいたのだ。先日、ウォーキングコースで歩いていたら、隣の自由遊泳コースで泳いでいる人に軽く蹴られてしまった。そう、ここのプールは市民プールと違って狭いので、皆レーンギリギリのところで泳いでいる。なので、たまにはそうなることもあると納得するしかない。

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