人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

お昼の12時にプールに行く

プールを後回しにしたら、時間の余裕ができた

 以前のブログにも書いたが、自分の身体がまだ泳ぐ段階ではないことを知ったことで、私の心の平安は音を立てて崩れ落ちた。またもや、どうしていいかわからない状態になり、このままでは鬱になることは間違いない。そう思った時、ふと閃いた。そうだ、今まで最優先に考えて来たプールを一番最後に持ってきたら、どうだろうか。今の時点で役にも立たないと一刀両断し、きっぱりとやめるわけにもいかない。後回しにして、水中ウォーキングをルーティンのごとくやり続けることにした。たしかに、今までのような熱意をもって、それに縋ってやるわけでもない。あくまでも平常心でプールと向き合うことにした。

 そう考えたのは、朝一番にプールに行くと、それはそれで生活にリズムが生まれ、一番大切なことをやり終えた満足感はあるが、問題はそれからだった。家に帰ると、すぐに眠くなり居眠りをしてしまい、睡魔に襲われて、やろうと決めている勉強ができない。NHKラジオの英会話やスペイン語の勉強がクリアーな頭の状態でできた試しがない。大体がお昼過ぎから勉強をやるというスタンスがそもそも間違っていた。勉強は朝の落ち着いた静寂の中でするのがベストだ。朝一番は無理としても、午前中にするのが一番能率が良いと知ってはいたが、プールのことが常に頭にあって、発想の切り替えができなかった。日中にやるべきことができないとなると、どうしてもそのしわ寄せが夜寝る前に押し寄せてきて、9時に寝たいのに10時すぎになっていつも後悔することになる。

 こんなことでは、とても私の心の平安は保てない。そう考えたとき、プールが朝一番は混んでいるのに、いや別の時間でもたいして変わりがないが、お昼の12時以降はそうでもないことを発見してしまった。そうか、プールはお昼は空いているから、その時に行けばいいのだ。午前中にやるべき勉強や家事は全て済ませ、後は家に帰ってくつろぐだけの状態にしておけば、プールは至福の時間になるはずだ。まだ実験段階だが、今週の月曜日からお昼にプールに行っている。家からプールまでは30分かかるので、12時5分の開始には11時半ごろに家を出れば間に合う。午前中の有り余る時間を目いっぱい使い、まだはっきりしている頭で勉強と向き合えることに喜びを感じている。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろうと、自分のお目出たさを笑ってやりたくなる。これまでの私は昼食を食べてから、少しの間寛いで、しかたなく勉強に取り掛かっていた。そしたら、案の定、睡魔に憑りつかれ、あくびを何度もしながらも勉強を無理やりやっていた。こんなんで本当に良いの?といつも嘆いていたが、プールをやめるわけにはいかないので、にっちもさっちもできなかった。

 考えてみると、以前の私は、プールでウォーキングして足を治すのが何よりも大事なことで、それ以外のことは眼中になかった。すべては足が治ってからで、他のことは足が変わらないことには何も始まらないのだった。それくらいの必死さ、熱心さで、ひたすら毎日プールに通っていたが、先日、不都合な現実を知ってしまって愕然とした。私の足は、特にケガをした左足は、バタ足ができないのだ。どうにか頑張って、動かそうとすると、やはり足が痛くて無理なのだ。それもこれも、5月いや、たぶん6月からの初心者の水泳教室に入ることになっているからで、1月の下旬に勢いで、申しこんだら抽選に当たってしまった。それで、俄かに焦り始めたということ。正直言って、自分でもはっきりわかってしまう、そう簡単に足は良くなるものではないだろうと。

 なので、ここらで発想の転換が必要だった。足が良くなるのを諦めるのではなく、必死になることをやめて、自分を少し開放してやろうと思う。それは足が痛くても、毎日楽しく過ごすように工夫しながら生活をすることだ。

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