人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

グレコの運命

ネズミそっくりの色合いの猫が気がかり

 年が明けて、実家から帰って来たのはいいが、私は最近不機嫌の真っただ中にいる。足が思うように良くならないので、そんなことを気にかけてもどうしようもないのに、どうしたら足の機嫌が良くなるのか、などと、ロクでもないことで頭を悩ませている。現実を直視してはダメ、足の痛みと真っ向勝負なんかしない方が良いのは、わかっているのにやめられない。思えば、足を怪我して歩けなくなった当初は、病院に行けば治るでしょうと高を括っていた。だが、どれだけ時間が過ぎても、私の足は一向に良くならなかった。あっと言う間に、1年が過ぎると、いくら能天気な性格の私でも、慌てざる得ない。本当にこのままで大丈夫なのか、もっとも膝の関節液が溜まるのを止めるのに普通の人の8倍も時間がかかった私だから、早急な変化は望むべくもないことはわかっている。こんな仕様もない?事をいくら考えてみても、虚しいだけだ。もっと、楽しいことを考えようと思ったら、実家にいるグレコのことが頭に浮かんだ。

 グレコは義姉のミチコさんが保護した子猫で、家の玄関でご飯を貰おうと待っているのら猫の子供のうちの1匹だった。ミチコさんは母猫がこれ以上子供を産まないように、避妊手術をさせようと思っていた。だが、そんなに簡単に野良猫を捕まえることなどできはしない。それで、保護猫センターで、ネズミ捕りならぬ、”猫捕り”を借りてきて、試してみたらこれが大いに役立った。ミチコさんは猫が入ったままの猫捕りをそのまま車に乗せて、隣の県にある行きつけの動物病院に連れて行った。そのついでと言ってなんだが、その子どもであるグレコの避妊手術もそこの病院でやってもらうことにした。グレコは子猫なので、そんなにてこずることなく捕まった。それはよかったのだが、今度はグレコをどうしたものかと思案した結果、保護猫センターの譲渡会に連れて行き、飼い主を探すことにした。

 前回は5人家族に貰われそうになったが、家族の中の二人の反対にあって上手くいかなかった。正月明けにまた譲渡会に行ったが、「今日行ってすぐというわけにはいかないですよ」と係りの人にたしなめられてしまった。その反面、嬉しいこともあった。それは、グレコの写真を持って行き、本人も連れて行ったら、「ああ、この子なら、すぐに貰い手が見つかりますよ」と太鼓判を押されたことだ。なんとも嬉しい希望の光が差し込んだかのようで、ミチコさんもホッとしたようだ。

 私が勝手に思うには、グレコはなんとも身体の毛の色が悪い、はっきり言って、汚い色をしている。ミチコさんもグレコがそばを通ると、「大きなネズミかと思った」などと平気の平左で言っているではないか。身体の毛色が灰色だからグレイで、雌だからグレコなのだが、これがロシアンブルーとか、ブリテッシュ・ショートヘアーだったら、格好も付くが、ただの雑種で、両親共にトラ猫である。私も子供の頃からさまざまな毛色の猫を見てきたが、こんなに色が悪い猫は初めてで、今のうちにサッサと誰かに貰って貰わないと、この先厄介なことになるのではと心配になる。グレコは顔だけ見れば可愛いが、後姿はやはり、大きなネズミと何ら変わりないのである。

 野良猫の子供であるグレコが誰かに貰われて、その人の家の猫になるのは果たして幸せなことなのか、私にはわからない。もし貰われたら、おそらくこの先、一生を家の中で過ごさなければならない。それよりも、ミチコさんの言うように、家にご飯を食べに来るだけの外ネコとして過ごすと言う選択肢もある。グレコにとってどうするのが幸せなのか、人間である私には見当もつかない。いずれにせよ、私はグレコに関わった人間のひとりとして、グレコの運命を見守っていきたい。

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