人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

先生自ら車を運転、患者さんを病院へ

目の前の光景から目が離せなかった

 昨日、3週間に一度通っている外科クリニックに行って来た。3週間前にレントゲンを撮ったので、その結果が気になっていたが、肝心の足は期待したようには良くなっていない。それで、このまま年越しかと悪態をつきながら、嫌々出かけて行った。1時間以上待たされることは覚悟の上で、図書館から借りたレイナー・ウィンの『ホームレス夫婦、塩の道を1014キロを歩く』を持って行った。最初のうちは本に集中していたからまだよかったが、途中から目がしょぼしょぼしてきた。どうやら、病院に来る前にプールで50分水中ウオーキングをしたせいで、睡魔に襲われたようだ。

 だが、眼前で起こっていることに、興味津々になっていたものだから、あっという間に覚醒した。私が座っている場所はちょうど、病院の受付の前で、隣には診察室があるのだが、目の前に車いすの患者さんがいた。おそらく娘さんだろうが、「母が、今朝部屋に行ったら、床にうずくまったまま動かないんです。腰が痛くて立てないと言うんです」と先生に訴えている。この先生は二人いるうちの高齢の先生で、「それじゃあ、レントゲンを撮りましょう」ということになった。結果は「腰の骨が折れてるから、大きな病院で診てもらった方が良い」とのことで、「今病院を探しているから、待っててね」と娘さんを安心させる。

 一方の受付ではスタッフがどこかの病院に、「今から診てもらませんか」と電話を掛けている。娘さんが「先生、あのう、その病院って、近いのですか」と母親を連れて行けるのだろうかと心配している。すると、先生が「大丈夫、僕も一緒に行きますから」と娘さんを気遣っている。さらに、「先生、母は88歳ですけど、手術なんてできるんですか」と尋ねると、先生は当然何か言ったようだが、私にはそれが聞き取れなかった。

 ここまで野次馬のごとく、耳を傾けてきたが、私は当然、タクシーか何かで大病院に患者さんを連れていくのかと思ったら、目から鱗だった。クリニックの入口に目をやると、いつの間にかオフホワイトの車が来ていて、車いすの患者さんをスタッフ総がかりで車に乗せている。あとで分かったのだが、それはタクシーなどではなく、先生の自家用車だった。クリニックの入口の脇にあるスペースには、いつも車が2台止まっている。一台はグリーンので、もう一台はオフホワイトだが、国産車トヨタでも日産でもないあまり見かけないタイプの車だった。これって一体全体、誰の車?なのだろうと疑問に思っていたが、昨日一瞬にしてその謎が解けた。あの2台の車は先生たちの車だったのだ。

 なぜ、患者さんを乗せて行った車がタクシーではないと分かったのかというと、先生が車から降りてくるところを目撃したからだ。それに、あの車をどこかで見たことを思い出し、入口に置いてある”あれ”だと気付いたからだ。それにしても、わざわざ、先生が車で病院まで連れて行ってくれるなんて、とても信じられない。娘さんにしても、突然炎のごとく、大病院に行ってくださいと言われても、どうしていいかわからないのは当然だ。ここまでしてくれるクリニックはなかなかないだろう。痒い所に手が届くがごとく、不安な患者さんの気持ちを察してくれている。

 さて、私のことだが、足の痛みは相変わらずだが、私が診てもらっている若い先生は「この調子なら、次回は1カ月後でいいですよ」と不思議なくらいご機嫌な様子。「このまま、徐々に足に筋肉が付くのを待ちましょう」と励まされて帰って来た。当の私は、「まさかの年越しか!」とショックは隠せないが、それだけ骨がくっ付くのには膨大な時間がかかると言うことらしい。いや、そうではない。「骨がくっ付く」という言い方は適切ではなく、「筋肉が付く」という表現が正しい。

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