人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

豚肉が食べられるようになった

今週のお題「大人になってから克服したもの」

今では、美味しいものとそうでないものの区別もつく

 子供の頃、豚肉が苦手で、食べられなかった。給食の時など、どうしようかと冷や汗ものだった。誤解されるといけないので、言っておくが、無理矢理でも食べようという努力はしたつもりだ。だが、口の中に入れると、あの豚肉独特の食感と脂で悶絶しそうになった。また、あの頃の給食に入っている豚肉ときたら、不気味に白く濁った脂がこれでもかと付いていた。あのトロトロというか、ぶよぶよと言うか、あの見た目も気味が悪かったが、口に入れた瞬間の脂の味がとてつもなく気持ちが悪くて、吐き出しそうになったものだ。

 給食のメニューのカレーも、五目中華麺も、大好きだったが、それらには必ずあの恐るべき豚肉が入っていた。当然、豚肉は無視して、食べない。いくら努力することが、大事だと教えられても、できないものはできない。努力することを放棄した私は、豚肉をこの世からなんとか消さなければならなかった。いや、目の前から無くさなければならなかった。でも、どうやって?その方法は簡単だった。事実、皆やっていたから私もそれを真似しただけのことだった。

 当時は給食の時には、出されたものをすべて食べるのが決まりだった。なので、食べられないからと言って、残すのは子どもながら憚られた。それで嫌いなものは消すしかなかった。まず、3枚ある食パンのうちの1枚を皆に見られないように膝の上に乗せ、豚肉をそれに挟んだ。次にそれを辺りを窺いながら、さっと机の中に入れた。最後に食パンのケースに残っている包み紙を貰ってきて、ランドセルの中に入れて無事終了だった。ある時などは、家で時間割の用意をしている時に、化石のようになった食パンを見つけてギョッとなったことがある。家に帰った途端、学校でのことはすっかり忘れているので、そうなったところでどうしようもない。

 今思うと、給食に使われていた豚肉は細切れ、あるいは豚バラ肉なのだろうか。いずれにしても、脂身がやたら多くて、友だちなどはあのぶよぶよした触感が堪らないと言っていた。私からすれば、同じ地球人とは思えない、まさに宇宙人のような発言だった。おそらく、あの豚肉は一番値段が安い細切れ肉に間違いないと思うが、子供の頃の私は、豚肉と言えば、給食の”あれ”しかないと固く信じていた節がある。

 さて、大人になって、豚肉にもいろいろな種類があり、品質も様々で、味もピンからキリまであるのだと知った。豚バラ肉とロース肉は全然食感が違うし、その人の好みにもよる。子供の頃と違って、好きな肉を選べるようになった私は、豚肉を見直すようになった。正直言って、脂身がある豚肉は好んでは食べない。ただ、ロース肉に付いている脂身は問題なく、食べられるようになった。贅沢になったものだ、と言われればそれまでだが、大人になって、自由になったおかげである。大人の特権と言ってしまえば、それまでだが、子供の頃は選択肢がなかっただけなのだ。

 これまで豚肉が苦手だったと書いてきたが、では鶏肉はどうだったのだろうか、と言うと、苦労した覚えがないから普通に食べていたと思う。子供の頃、母屋と離れの間にある狭い庭を、ブチのニワトリが我が物顔で闊歩していた。そのニワトリは養鶏場に嫁いだ姉が連れてきたのだが、何のためかというと、ズバリ食べるためだった。ある日、学校から帰ると、ブチの姿が見えなかった。不思議に思ったが、別段気にもしなかった。その日の夕食は珍しく鶏鍋だった。要するに、ブチは絞められて、お肉になったのだ。そうだとわかっても、何の感慨もなく、平然と鶏鍋を食べた。ニワトリは人間に食べられるためのもので、ペットではないと、初めから分かっていたからだ。

 あの頃の鶏肉が身が締まっていて、今の鶏肉とは一線を画していた。大人になって、そんなことを想った日はもう遥かに遠くなった。

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