人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

GO TO キャンペーンの効果はいかに?

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感染者が増えている実感がない街

 全国で感染が拡大しつつある状況の中、ついにGO TO キャンペーンが昨日から始まりました。正直、「拡大しつつある状況」と言われてもあまり緊迫感は感じられません。自分の身の回りはコロナ前の緩い状態に戻りつつあるからです。ただテレビのニュースの感染者数の数字にはどうしても敏感に反応してしまうのです。それでも危機感を実感できないのは、検査数を増やしているのだから、感染者の数字が大きくなるのは当然でしょうという考えからです。しかし、見方を変えてみると、どこにだって感染者は潜んでいるのだという現実を思い知らされます。特に20代から30代の若い人が70%を占めていて、そのほとんどが無症状なのには驚かされました。コロナが流行り始めた当初はあんなにきっぱりと「若い人はかからない」と言っていたはずなのに、と戸惑うばかりです。こうなったら、古い頭をリセットして現実に合わせなきゃと自分に言い聞かせました。

経済を回すためにも旅行を?

 普通の人なら慣れない自粛生活で「冗談じゃない!この状態が続いたらどうにかなってしまう!!」と限界を感じているはずです。「どこかに行きたい、それもできるだけ遠くに」と願うのが自然です。それに政府も旅行に行くことを推奨しているのですから行かない選択などあろうはずがありません。でも少し考えてみれば、何かあっても政府が何をしてくれるわけでもないというのはわかっています。そんなことを思っていたら、先日の新聞に「コロナ終息までには2年以上はかかる」との見出しを見つけました。すでに予想していたとはいえ、これで海外旅行は当分無理だと諦めました。でも国内なら問題はないのではという気持ちは抑えられないのです。なぜこの時期に旅行に行くのか、それは経済が回らなくなるからなんて殊勝な考えからではないのです。

バスの運転手が急に無口になって

 さて、旅行に行くことを決行したものの、旅先では果たして楽しめるだろうかと心配になってしまいますよね。そしたら、昨日の朝刊の投書欄に嘆きの報告が載っていました。東京在住のその大学教員の方は東北のある県に用事があって行かれたそうです。その際にGO TO キャンペーン前なのにとんだ災難に会ってしまいました。小さな駅に到着し、お昼なので駅前にある唯一の食堂に入ろうとしました。ですが店の前にある張り紙が目について読んでみると「感染者の多い地域からのお客様のご入店はご遠慮ください」と書いてありました。その文面を見たら、とても店に入る勇気は出なかったそうです。田舎なので、周りにはコンビニがあるわけでもなく、空腹に耐えるしかありませんでした。

 災難はそれだけではなく次にバスに乗ってからも続きました。バスの運転手はおしゃべりな方で、話が弾んで楽しい時間を過ごせると喜んでいました。ところが自分が東京から来たのだとわかった途端に運転手が無口になって、気まずい思いをしました。こんな旅行者が来ない土地でも、いいえ、人がほとんど来ないからこそ敏感に反応するのだと実感したそうです。そういえば、東北出身の同僚がよく話していました。自分の村は個人主義の人が多く、他人のことはあまり構わない傾向にある。つまりサービス精神などというものはなく、よそ者にはかかわりたくないと思っているのだと。

 投書の方の話に戻ると、コロナで疲弊した地方の観光業を応援したいという趣旨には賛成する、だが旅行者と地元の人とのトラブルが発生するのではとの懸念が消えない、だから注意を促すために声を上げたのだという気持ちが伝わってきます。楽しいはずの旅行が嫌な思いをして台無しになってしまったら、GO TO キャンペーンの意味が無くなるではありませんか。

mikonacolon