人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

湿地に旅した気分になれる一冊

今週のお題「2020年上半期」

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500万人の支持を得た小説とは

 この半年で読んだ本の中から自分なりにベストだと思うものを選んでみました。まずはディーリア・オーエンズの「ザリガニの鳴くところ」で全米で500万部を突破したというから驚くしかありません。100万部でも印税が一億円ですからざっと5億円も売り上げたことになります。500万人もの人が共感した小説とは、いったいどんな内容なのか知りたくてウズウズしていたのです。そしたら、さっそく新聞の書評欄にこの小説のことが書いてあったので飛びつきました。それなのに読んでみて少しがっかりしてしまったのです。なぜなら、そこには「親に捨てられ沼地でひとり孤独に生きる少女の成長物語、静かに生きる女性の孤独が胸を打つ、自然描写が素晴らしい・・・」などと常套句が書かれていたからです。この説明文を読む限りは誰の好奇心も刺激されることはないと思うし、興味の触手が動くこともないでしょう。

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退屈どころか、ページをめくる手が

 事実、私も最初は退屈な物語なのではと勘違いしそうになったのです。小説の舞台が湿地ということもあって、紙上での自然観察ツアーにでも参加したつもりになれるくらいにしか思っていませんでした。本屋で実物を手に取っても、まだ隣に積んであった韓国の小説「アーモンド」かどちらを買おうか迷っていたくらいです。でもやはり500万部も売れた秘密が知りたくて買って読んでみることにしました。米国でベストセラーになったとは言っても、必ずしも日本で爆発的に売れるとは限りません。国によってそれぞれ考え方が違うように物の感じ方に多様性があるからです。半信半疑で読んでみると、プロローグの「湿地は沼地とは違う。湿地には光が溢れ、水が草を育み、水蒸気が空に立ち上っていく・・・」という文章でもう心を掴まれてしまいます。まるで自分が緑あふれる湿地帯に居るような気分になり、気持ちいい風に吹かれている錯覚に陥ってしまうのです。それからは女の子がどうしてひとりで置き去りにされてしまったのかが知りたくて、ページをめくる手が止まりません。退屈どころか、自然の中で起こる出来事が興味深くて途中でやめようなどとは思いませんでした。

美貌の少女の毒に最後まで気づけなかった

 読み進めていくうちに、だんだんと少女の気の毒な身の上に感情移入して応援するようになっていきました。彼女の生まれ持った才能に感心し、どうか幸せになれますようにとハラハラドキドキしながら見守ります。不潔でぼろをまとっていた少女は成長して美しい女性になり、自然に人目を引くようになりました。当然、彼女も恋の相手を求めるようになったのですが、ある日気づいてしまうのです、自分が恋の相手とどう付き合ったらいいのか知らないことに。考えても見てください、彼女は自然の動植物を友としてほとんど一人で生きてきたような女性です。その彼女がお手本とするのは自然と自分の周りのホタルやカマキリたちの異性との付き合い方しかないと想像できます。「雌のホタルは偽りの信号を送って別種の雄を誘い、彼を食べてしまう。カマキリの雌は自分の交尾の相手を貪り食う。昆虫の雌たちは恋の相手とどう付き合うべきか、ちゃんと心得ているのだ」

 この小説を読み返してみてつくづく思うのは、作品に隠された彼女の「毒」を察することができたなら、最後にあんな衝撃の一打を浴びなくても済んだのにということです。今思えばそれは「そしてどこへ行こうと、必ず頭のなかに逃げ道の地図を用意した」という文からはっきり感じ取れたのです。気分よく旅していたはずなのに、最後は泥沼にはまってしまうような感覚に陥る面白い小説です。

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