人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

自治会費を集める

何の問題もないはずだったが・・・

 市営住宅に住む桐原さんが理事になって、3カ月が過ぎた。理事の仕事は、毎月住んでいる階の居住者全員の自治会費を集めて、回覧板を回すことだった。桐原さんは最初はそんなことは訳もないと考えて、高を括っていた。ところが、いざ理事になって見ると、それが自分の想い通りにいかないことに気が付いた。自治会費は毎月25日から月末までに納めることになっている。日本人なら暗黙の了解でもって、ちゃんと守ってくれるはずと信じていた。そんなの常識でしょうとばかりに疑わなかった。

 ところが、桐原さんが入居してから1年ほど経つと、外国人の家族が801号室に住むようになった。前任の理事の斉藤さんから、「大丈夫、何も問題ないわよ」と太鼓判を押されていたにも関わらず、月末を過ぎてもいっこうに払っては貰えなかった。仕方がないので、メモを入れて催促すると、すぐに反応があった。どうやら悪い人たちではなさそうだが、毎月こんなふうにドキドキ、ヒヤヒヤするのかと想像すると、この先が思いやられた。止むに止まれずお宅に直接伺うと、肝心の日本語がわかるというご主人は留守のようで、奥さんでは埒が明かなかった。前もって、言うべきことを整理しようと、パソコンでメモを作っていたら、お願いだらけの嘆願文になってしまった。

 こちらは言いたいことでいっぱいだが、もしも機関銃を乱射するかの如く、言葉の数々を相手に浴びせら、相手は戸惑うだけで、こちらの言い分を理解してはくれないだろう。そう考えて、文書でお願いすることにした。しっかりと友好の品として、ロッテのチョコパイのプレミアム、メロン味を手渡した。その瞬間、相手の顔に微かな笑みがこぼれるのを見逃がさなかった。さて、また自治会費を集める時期になって、月末の日曜日、奇跡が起きた。桐原さんちのインターホンが鳴って、出てみると、なんと801の外国人だった。「自治会費、玄関ポストに入れていいの?」と聞かれる。桐原さんは嬉しさのあまり、「有難うございます」としか答えられない。

 考えてみると、自治会の決まりでは会費は毎月25日から月末までの間に納めればいいことになっている。つまり、25日に払おうが、月末に払おうが、とやかく言われる筋合いはないのである。間違っても、「できるだけ早く払ってもらえないでしょうか」などとこちらからお願いすることできない。まあ、そんなふうに割り切って考えればいいだけのことなのだが、理事になってみると、できるものなら、早く集まって欲しいのが本音なのだ。まあ、言ってみれば、ただの自治会費、されど、自治会費なのである。月末になると、今月はどうだろうか、とドキドキ、ヒヤヒヤしてしまうのをやめられない。そんなことあまり気にしなくていい、気にしてもしようがないと分かってはいても、どうしようもない。

 先月も30日になっても、玄関ポストにその人の自治会費の封筒は見つからなかった。その人とは桐原さんのお隣の部屋に住む高齢の男性で、以前は回覧板が2,3日ドアに掛けられたままの時もあった。留守にされる時が多いのかもしれないが、翌日に催促のメモを入れるか、あるいはこのまま少し待ってみるか迷った。できる事なら、書きたくはないが、仕方なく翌々日にメモを入れた。すると、すぐにその翌朝、新聞と一緒に自治会費の封筒が入れてあるのを見つけて、ホッとする。これで今月も何とかなったが、正直言って心臓に悪い。こんな言い方は少々大袈裟かもしれないが、やはりそうなのだ。

 まだ、問題はある。実を言うと、桐原さんの団地の住人は高齢者が多く、その中には具合の悪い人も少なからずいる。同じ階の805号室の佐藤さんは眩暈と耳鳴りがひどいらしい。「いつ具合が悪くなるか、わからないから払っておくね」とメモ書きを付けて、早くから自治会費の封筒を玄関ポストに入れてくれる。こちらも、早く払ってくれれば、それに越したことはないと大いに歓迎する。もちろん、規則では25日からでルール違反だが、自治会費が集まらないとどんな気持ちになるか、思い知った今となっては、その方がよっぽどいいと実感している。

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