
そう思ったら、実家に電話していた
昨日、久しぶりに実家でひとり暮らしをする義姉のミチコさんに電話をした。まあ、それは生存確認のようなもので、以前から電話をしようとうずうずしていた。だが、いつの間にか5月も終わりに近づくと、お盆の帰省のことが頭をよぎった。要するに、今年もまた新幹線を予約する時期が到来したということなのだが、今年はいつもと状況が違うような気がする。それはイランのホルムズ海峡封鎖のせいで、航空運賃が高騰し、ワールドカップの観戦さえも二の足を踏む人たちがいることだ。そんなに高いなら、日本でテレビで見た方がましと思う人がいるのだと、新聞の記事で知った。いやはや、4年に一度のワールドカップなのに、それをパスしようとしていることに驚きを隠さずにはいられない。
と言うことは、毎年お盆に家族や個人で海外に行く人たちは果たして、どうするのだろうか。もしかしたら、海外旅行を国内旅行に切り換えるのかもしれないではないか。そうなったら、浅薄な私などが少し考えただけで、新幹線はいつもの倍くらい込み合うのではないか、と容易に想像がつく。思えば、去年の年末はもちろん新幹線の座席は確保していたが、当日エスカレーターでホームに行こうとしたら、あろうことか、ホームにいる人の壁に阻まられて降りられない事態になった。前には進めないので、少しスペースがある横に進んだら、なんとかホームに降りられた。あの広々としたホームがすし詰め状態になるだなんて誰が想像しただろうか。
ああ、そうだ、ホームに行く前に情けなくなるような事態に直面したのだ。それはいつものように、新幹線の改札を探していたら、嘘のような話だが、見つからなかった。乗り場のサインが目を見晴らしてみても、何処にもなかった。駅の構内に人が多すぎて、その人影でサインが隠れていたせいで、私は冷や汗をかく羽目になった。毎年お盆と年末年始に利用している新幹線の駅がまるで未知の場所のように思われて、愕然とした。仕方がないので、人込みの中に立っている駅員に改札の場所を尋ねるしかなかったのだ。また、この夏はあんな目に会うのかと思うとぞっとするが、人生は戦い?なのだと自分に言い聞かせ、覚悟して行くしかない。
義姉のミチコさんにそんな事情を説明しても、ミチコさんはどこ吹く風で同情してはくれない。でも、ミチコさんはそれでいい。私がミチコさんのところに行くのは、ダラダラしたいからで、日常をリセットしたいからだ。かくいうミチコさんも、犬1匹、ネコ2匹と気楽な生活をおくっているので、私が来ないと盆と正月の境目さえも分からないのだという。私があちらに行くと、夏はお盆、冬は年末年始なのだなあと気づくらしい。もしも私が行かなかったら、世間でいう1年の節目には気づかずに、それなりにのんびりと暮していくのだろう。
ミチコさんの住む地域では、町会で、町会と言っても、村なのだが、地域ネコの活動をすることになった。私が住む地域と違って、まだ村にはたくさんのノラ猫がいるらしい。そうだ、ミチコさんの家にも毎朝ノラ猫が餌を貰いにやってくる。ミチコさんが5時半ごろ庭の花に水をやろうと玄関の戸を開けると、ちゃんと座って待っている。同情して一度餌をやってしまったばかりに、毎日来るようになったが、身体に触らせてはくれない。やはり、ノラ猫は警戒心が強いので、そう簡単には懐かない。
地域ネコのことだが、ノラ猫を避妊手術させるためにまずは捕獲作戦を実行することになった。ネズミ捕りならぬ、ネコ捕りを保護猫団体から借りられるようで、それでネコを捕獲し、連絡するだけでいい。家まで取りに来てくれて、それで終わりで、団体に持ち込むときのようにお金はかからない。そういえば、以前家で保護していたグレコの母親もそうやって捕まえて避妊手術をさせることができた。
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