人生は旅

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小説の中で女性にとっての鬼とは

今週のお題「鬼」

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鬼が来るのを待つ女性の心模様は

 小説の中で「鬼」を探してみたら、まだ若かった頃に読んだ坂口安吾の『青鬼の褌(ふんどし)を洗う女』を思い出しました。主人公は一人暮らしの女性で、どうやら何か悩みを抱えているようです。彼女には愛する人がいるのですが、その人は妻も子もあるらしく、そんな事情もあってか、愛人のような存在なのです。自分の立場は実に儚くて頼りないものなのに、当の相手は自分の気持ちなどどこ吹く風でまともに取り合ってくれないのです。この小説の中での「鬼」は箸にも棒にもかからない、とらえどころのない心を持った男性のことを指しています。彼は彼女の結婚したいという願望を知りながらも、知らぬふりを決め込んでいるのです。自分の家と彼女の家とを行き来するのが習慣になっているようです。鬼にとってはそんな異常な状態でも彼の心の平安は十分に保たれているのです。それでも人間なの?自分とは大違い、自分の心は血を流しているのに、と彼女は内心思っているのに、鬼は自分をまともに見ようとはしてくれない。でも、もし自分がその事実を指摘すれば、この関係が終わることは目に見えている。だから、今のところはこのままでいいか。とまあ、そんな内容だったと思うのですが。

 はっきり言って私の中でこの小説の記憶は靄がかかっているのです。でも女性のひとり語りで話は進み、男女のすったもんだがあるわけでもなく、終始静かな空気が流れる中で終わる、そんな印象だけは確かなのです。女性は鬼の愛人であることを半ば諦め、もう慣れたかのように見えました。でも実際は心の葛藤を抱えながら毎日を生きていたのです。このブログを書くにあたって、自分の記憶が間違っていないか、小説を読んで確認しようと本を求めて大型書店に行きました。検索機で調べてみたのですが、残念ながら見つかりませんでした。ですが、家に帰る途中、古本屋に並べてあったのは、なんと坂口美千代さんの『クラクラ日記』でした。彼女は坂口安吾の奥様で、その本は日頃感じたことを思いのまま綴ったエッセイ集でした。早速本を手に取ってパラパラ捲ってみると、こんな記述が載っていました。「ねえ、あなた、私はこの頃もうダメじゃないかと思うの。どうにかなりそうで」。浮気を繰り返してばかりの夫を黙認しながらも、制御不能に陥った自分の気持ちをぶつけているのです。すると、夫は「そうは言っても、僕が浮気性なのは初めからわかっているだろう」と事も無げに言ってのけるのです。どうやら鬼を愛してしまうと、愛人はもちろん、戸籍上立派な立場である妻でさえも生きづらい立場に陥ってしまうようです。

鬼が女心を踏みにじる

 最近動画サービスで見ているドラマの中にも女性にとっての鬼は存在しています。その鬼とは皇帝で、平気で女心を踏みにじる男性のことです。トルコのドラマ「オスマン帝国外伝」の中に出てくるスレイマン一世の趣味はジュエリーを作ることでした。皇帝はルビーでもサファイアでも好きな石を指輪やネックレスに加工し、自分の寵妃に贈って楽しんでいたのです。ある時、自分の后である女性に贈ろうと大きなエメラルドの指輪を見せて、「まだ完成していないが、もうすぐだ」と彼女を有頂天にさせました。天にも昇る思いで待っていたのに、その指輪は后の指に収まることはありませんでした。

 なぜなら、その指輪は突然現れた側女に奪われてしまったからです。正しい言い方をすれば、奪われたというよりも、贈り物をする対象が変わっただけなのです。つまり、皇帝は指輪を后に贈りたかったわけではなく、自分の一番愛する女性に捧げたかっただけなのです。あの時は確かに后は寵妃だったのですが、それは過去のものでしかなく、今では立場が逆転したのです。后にとってエメラルドの指輪は約束されたものであったはずなのに、どうやらそれは錯覚でしかなかったのです。皇帝の勝手だと言えばそれまでですが、屈辱を受けた后は側女に憎悪の炎を燃やし、毒殺しようと策をめぐらせます。貞淑な妃を嫉妬に身を焦がす悪女に変身させてしまうのも、鬼のなせる業なのです。

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