人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

幻の洋梨のディニッシュ

今週のお題「好きなおやつ」

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遅すぎた洋梨のディニッシュとの出会い

 大人になって今まで食べた中で、一番美味しいおやつは何だろうか、ふと考えてみました。そしたらすぐに頭の中に浮かんだのは、洋梨のデニッシュでした。リンゴでもなく、アメリカンチェリーでもない、カスタードクリームの上に洋梨が乗っかったディニッシュなのです。とろけるように柔らかい洋梨と甘さ控えめのカスタードが私に至福の時間を与えてくれたのです。すっきりとしたさわやかな甘さなので、食べた後口の中に甘さがしつこくまとわりつくこともありません。食べた後に「ああ、美味しかった」のセリフが思わず口から出て、もう病みつきになってしまいました。美味しいものは、人に生きていくための活力を与えてくれるのだと知りました。有森裕子さんの名言のように「自分で自分を褒めてあげたい」時や、へこんでしまってそれでも元気にならなきゃと思う時などに食べる特別なおやつ、それが洋梨のデイニッシュだったのです。

ケーキ店で見つけた洋梨のデイニッシュ

 思えば、私が特別なおやつに出会ったのは偶然の出来事で、自分でも「なぜこの店にパンが売っているの?」と不思議に思ったのです。その店は近所にあるケーキ店で以前からその場所にあるのは知っていましたが、そのエリアには行く用事がないので足が向かなかったのです。それがある日気が向いたのでちょっと寄ってみたのです。ケーキのショーケースの向こうでお店の人が作業しているような個人経営の洋菓子店でした。もちろんケーキを買いに行ったのですが、目の前のカウンターにはクロワッサン2個、カスタードデニッシュ2個、それに洋梨のデニッシュまでありました。ケーキ屋さんでパンにお目にかかるとは予想もしなかったのですが、逆に嬉しくなってついでにパンも買いました。家に帰って食べてみたら、3つのうち洋梨のデニッシュが一番美味しかった。結果的にどのケーキよりも洋梨に惹きつけられた私は洋菓子店にパン狙いで通うことになるのです。

 食べ物で少しでも元気になれるなら、なんて単純なのだと馬鹿にされてもよかったのです。韓国ドラマ『シカゴタイプライター』に出てくるヒロインの生きていくうえでの心の支えは本でした。「こんな厳しい世の中だからこそ本なしではとてもやっていけません」と好きな本の一節を暗唱します。そして、ニースの海岸を散歩するのが日課の気鋭の女流詩人は小さい頃から詩を口ずさんで心を落ち着かせてきました。夜寝る前には必ずある詩集を読みながら眠る、それが習慣だったと聞いて「もしかしたらこの人はお嬢様?」と早合点してしまいました。実際にはその詩集は家にあった唯一の詩集だったそうで、そのことを知ってしまうと少し複雑な気持ちになりました。いずれにしても、私には彼らのようにすがれるような本も詩も見当たらないのでした。でもこの後「食べる楽しみ」が奪われることになろうとは想像もできませんでした。

もうディニッシュは食べられない

 ある日、いそいそとケーキ店に行ったら閉まっていて看板が取り外してありました。この店はマンションの1階にありすぐ隣は倉庫になっていたのですが、すぐに白い板が貼られて壁ができて、もう洋菓子店があったことさえわからなくなりました。それから私は洋梨のデニッシュのことを考えないようにして、忘れることにしました。突然楽しみを奪われる、そんな経験をしたわけですが、幸運にも閉店してからのことはよく覚えていないのです。だから、洋梨のデニッシュは私にとって幻のおやつと言えるのです。

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