人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

ここには泊まれない

そう思った私は、まさかの行動に出た

 UESCO鉄道のアマラの駅で出会った親切な青年に、予約したホテルまで連れて来てもらった。なのに、ホテルの建物を目の前にして、私は怯えていた。それは自分が今どこにいるのかわからなかったから。確かにそこは駅の裏側に当たるのだろうけど、肝心の駅の入口まで、どうやっていったらいいのかも分からなかったからだ。呆然自失したまま、ホテルの建物を見つめる私に、青年が「じゃあ、僕はこれで」と話しかけてきた。私は我に返って、お礼の言葉を述べた、どうもありがとう。そして、青年は立ち去った。

 右も左もわからない場所にいて、ただホテルの建物だけが目の前にあった。いや、冷静に考えれば、そう不安に襲われることもなかったのだが、その時の私には無理な注文だった。すぐにホテルに行くべきなのに、私の頭に浮かんだのは「ここには泊まれない」という考えで、なぜそう考えたかと言うと、人通りがあまりなくて、とても寂しい場所に思えたからだった。第一印象というものはそう簡単に覆ることはない。なので、私は以前泊まったホテルのことを思い出し、そこにでも泊まろうか、ではなく、そこに泊まりたいと本気で思った。

 そのホテルの名前はウェルカムグロスホテルで、以前2度泊まったことがあった。場所はウルメア川にほど近いグロス地区で、サンセバスティアンの駅から、歩いて12,3分だった。そこに行くにはまずは今いる場所から向こう側のウルメア川沿いに出る必要があった。さて、誰に行き方を尋ねたらいいのだろう。あまり、人通りがないので、躊躇していると、ホテルの建物とはちょうど反対側に、階段があるのを発見した。階段を降りてみると、そこにはカフェや飲食店があり、すぐ近くに駅の入口があった。幸運なことに、そこには制服を着た駅員が立っていたので、駅の向こう側への行き方を尋ねた。教えて貰った通りに歩いて行くと、先ほどあの青年について行った、仮設の階段が見えた。それで、ようやく私の頭の中で道が繋がったので、「なるほど、そうだったのか」と安堵した。

 階段を上ってどんどん行くと、工事中の線路が眼下に見える。次は下って、そのまま進んだら、自然とウルメア川沿いに出た。何度も来たことがある道なので、ここからはもう迷うことはない。「ここには泊まれない」という考えに憑りつかれた頑固な私は、既知のホテルを目指して速足で歩いた。できれば、明るいうちに泊まる場所を見つけたかった。少し迷ったが、道は分かっていたので、ウエルカムグロスホテルはすぐに見つかった。ところが、以前と様子が違う。マンションに設置されているようなセキュリティシステムになっているようで、何処にもインターホンはなかった。中を覗いてみたが、以前と違って人の姿はなかった。考えてみると、最後に泊まってから5年もの歳月が経っていた。コロナ禍で観光客が来なくなったのだから、ホテルの形態も変わるのは当然のことだ。夢を打ち砕かれた人のように、落胆していると、宿泊客と思われる人たちが中に入っていった。彼らが持っているカードを機械にかざすと、カチャと音がして玄関のドアが開くシステムになっているようだ。よく見ると、御用の方は下記の番号に電話するように書いてあった。

 さて、困った、頼みの綱の既知のホテルにも泊まれそうにない。こうなったら、もう戻るしかない。急遽、またもや青年に連れてきて貰ったホテルに向かって歩いた。歩きながら、予約してあるのだから、少しくらい譲歩し、我慢しようと思い直した。ウルメア川沿いを真っすぐに歩き、仮設の階段を上り下りして、元の場所である広場に着いた。ところが、初めての時はおそらく気が動転していたのだろう、ホテルの場所を忘れてしまった。何処だっただろうかと、辺りを見回してみるが、同じ様な建物があちこちにある。あとから考えれば、簡単なことだが、未知の場所なのだから無理もない、と今なら思える。

 駅前のカフェのある建物の前に立っている警備員に、予約確認書を見せて、ホテルのあるビルを教えて貰った。だが、これで万々歳というわけには行かなかった。この後も苦難は続くのだった。

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