人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

サンセバスティアンで困った

予約したホテルへの行き方がわからない

 パリのモンバルナス駅からTGVに乗り、スペインとの国境の街、アンダイエで降りた。駅を出るとすぐに私鉄UESCO鉄道の駅が見えて来た。5年ぶりだが、以前と同じでホッとする。ただ、以前は切符を駅の窓口で買ったが、今回は窓口がないようだ。その代わり、駅員が駅の入口で待っていてくれて、親切に券売機の使い方を教えてくれる。というより、パネルを操作して、切符を買ってくれた。まず最初に、「あなたはどこに行きたいの?」と尋ねられ、「サンセバスティアン、アマラ(バスク語での名前)」と答えた。これには大助かりで、もし駅に彼がいなかったら、見知らぬ誰かの助けが必要だった。携帯した旅行ノートには、以前写真に撮っておいた路線図が貼ってあったの戸惑ったで、途中の停車駅もわかる。UESCO鉄道で25分ほど乗ったら、アマラに着いた。

 ここまでは順調だったが、予想外に駅の裏に位置するホテルを探すのに戸惑った。実を言うと、自力では探せなくて、人の助けを借りて、ようやくたどり着けた。アマラの駅を出たとき、サンセバスティアン国鉄の駅の位置は自分の頭の中に記憶しているはずだった。駅はウルメア川のほとりにあり、とても分かりやすい場所にあった。それに以前はアマラの駅を出たら、遠くに教会の尖塔が見えて、それが目印になっていた。教会はウルメア川のすぐ近くにあって、小さな公園にを通過すれば、すぐに川岸に出られた。なので、迷うなどとは露ほども考えていなかったが、実際には違った。

 教会の尖塔は建物に隠れて見えなかった。持っている地図を頼りに、方位磁石で今自分がどこにいるかを確認しようとした。だが、5年の歳月は長すぎたようで、情けないほど自分が今どの位置にいるのか、どの方角を見ているのかが、さっぱりわからない。困った、誰かに聞かなければ、永遠にアマラの駅前から動けない。辺りを見回したが、誰も聞く人がいない。暫し呆然としていたが、ふと見ると、小さな広場にある植え込みでスマホを見ながら座っている男性を発見した。Tシャツと短パン姿のその人は時間の余裕がありそうだと判断した私は、おずおずと話しかけた。「知らない」と言われるのを覚悟したが、意外にも友好的で、すぐさまスマホでホテルの場所を検索してくれた。

 「歩いて15分ほどかかるね」と呟くと、「ちょっと道がわかりにくいから一緒に行く」と言ってくれる。それからは彼の後をついて行ったが,細い道を何度も曲がるので全然道がわからない。やがて、ウルメア川が見えてくると、一気に以前の記憶が蘇った。一瞬懐かしさが押し寄せてきたが、駅は以前とは様子が違っていたので、困惑せざるを得なかった。というのも、駅は線路の改修工事の真最中で、ウルメア川に面した駅の入口は封鎖されていたからだ。予約したホテルはちょうど駅の裏側にあったし、Googleの航空写真のコピーもノートに張り付けて持っていた。迷うことは決してないと勝手に思っていた。だが、現地に行って見たら、駅の裏側に行けるはずの道が無くなっていた。では、どうやって駅の裏側に行くのかと言うと、仮設の階段を何段も登ったり、降りたりしなければならないのだ。その時間が私にはとても長く感じられた。

 異邦人の私は親切な男性の後をただついて行くだけで、本当のことを言えば、自分が今いる場所がわからなくて、不安な気持ちに加速度がついた。階段を降りてまた少し歩くと、急に視界が開けて広場に行きついた。解放感溢れる場所だが、内心は「ここはいったいどこなの?」としか思えない。男性はスマホを見ながら、「この辺りに間違いないんだけど」と言うのだが、ホテルの場所は分からないらしい。それで、近くを通りかかった若い女性に尋ねると、目の前にある高層ビルを指さして、「あのビルよ」と教えてくれた。実際には高層ビルの一階と二階部分にホテルがあるらしい。男性が「ほら、あそこにちゃんとホテルの名前が書いてあるでしょう」とウインドウを指さした。

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