人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

夫がコロナになって考えたこと

1週間以上も一緒にいることに堪えられない

 夫がコロナになった桐原さんの話である。あれから1週間ほど経ったが、桐原さんはどうしているだろうか、などと思っていたら、早速電話が掛かってきた。近所のクリニックで貰った薬は想像以上によく効いて、夫はすっかり元気になった。どんな様子かというと、調子に乗ってお昼のビールを一杯やってから、ご飯を食べて薬を飲むようになった。コロナに罹ってから3日目にして、そんな驚異の回復ぶりだった。元気がいいのは何よりだが、休みの日でもないのに、ましてや仕事を休んでいるのに、昼間から飲酒だなんてと、桐原さんは困惑するばかり。いやはや、元々こういう人だからと諦めるしかないが、自他ともに認める”アルコール中毒”の夫のことを嘆かざるを得ない。

 夫には悪いが、桐原さんはこの1週間というもの、3度の食事を作り、正直疲れ切ってしまった。夫の休みは土日で、平日は桐原さんは夫が帰宅する6時半まで自由の身でいられた。だが、夫がコロナに罹ったことによって、桐原さんは制限付きの自由を奪われた形になった。買い物に行くにしても、本屋を覘くにしても、食事と食事の合間を縫ってそそくさと行かなければならない。それに桐原さんがいつも録画して見ていたドラマも見られなくなった。要するに、テレビがないと生きていけないと言い放つ夫は、布団に寝転びながら、テレビを見ていた。微熱がまだあった最初のうちは寝ている時間が長かったが、それでも子守唄代わりにテレビはちゃんと付いていた。この1週間というもの、テレビはつけっ放しで、夫のいい相棒だった。退屈な?コロナの療養生活で落ち込むことなく穏やかでいられたのは、テレビが夫の心を慰めてくれたからだった。

 夫はもちろん普段から、”テレビの番人”だったが、この1週間はまさに独占そのもので、桐原さんはテレビに近づくこともできなかった。それで、桐原さんはふと思ったのである、この先年金生活になったら、どうしたらいいのだろうかと。今の今まで、年金生活のことを現実と捉えたことはついぞなかった。もしも、年金生活をお互いに、いやあくまでも桐原さんに限ったことだが、快適に過ごしたければ、かなりの創意工夫が必要だった。具体的にはテレビをもう1台買って、自分の部屋で好きな時にビデオを見られるようにするとか。ただ、桐原さんはあまりテレビを見ないので、自分の部屋にテレビは要らないと思っている。その問題に関しては、例えば、動画サービスで、桐原さんの好きな韓国ドラマや中国ドラマを視聴できれば、テレビを部屋に置かなくてもいいのだ。桐原さんの部屋は狭いので、これ以上モノは置きたくない。本棚と小さなテーブルさえあれば、事足りる今のすっきりした部屋を手放したくない。

 それはさておき、コロナに関して言うと、桐原さんはひとつ大きな問題を抱えていた。それは夫がコロナに罹ったと分かった日が実家の法事の2週間前だったことだ。もちろん、新幹線の往復の切符は購入済みで、自分の荷物もすでに送っていた。後は自分の身体のみ移動すればよかったのだが、夫がコロナに罹ったために桐原さんは濃厚接触者になった。以前聞いた話ではコロナの潜伏期間はおおよそ4~5日だということだが、もしも、1週間後に感染したとしたら、実家に行く際にはコロナになっている可能性は十分にある。早速実家に電話をすると、やはり、陰性だと証明できない限り来るなと言われてしまった。当然の反応である、そうなると、桐原さんはまるで病原菌並みの扱いをされた。

 どうやって陰性を証明するかについては、病院に行くか、あるいは薬局に売っているコロナの検査キットを使う方法があった。だが、以前は店頭でよく見かけた検査キットも最近では滅多に見かけなくなった気がする。薬局、いわゆるドラッグストアに行って聞いてみると、「もうこちらでは販売できなくなりました。薬局に行ってください」と言われてしまった。仕方がないから薬局にでも行くかとなったが、考えてみると、それをいつ使うかが問題だった。そんなことは言うまでもない。出発間際で、家から出かける直前なのだった。その瞬間、実家に行けるのか、あるいは家に留まらざるを得ないのか、運命が決まってしまうのだ。結局、桐原さんは実家の法事に行くのを取りやめた。

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