人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

ユニークなベルリンの街

今週のお題「好きな街」

行ってみると、誰もが住みたくなる街

 今私は朝日新聞の連載小説『白鶴亮翅』を毎日のように読んでいる。読んでいると言っても、朝刊を待ちわびているような熱心な読者ではない。気が向いた時に読む程度の不真面目さで、何とか今まで続いている。その小説の書き手は多和田葉子さんで、ベルリン在住だと初めて知った。以前からドイツで暮らしていることは噂に聞いてはいたが、まさかあのベルリンだとは思いもしなかった。なんと行ってもベルリンは他のドイツの都市に比べて物価が安く、暮らしやすい。旅行に行ってみたら、ベルリンが気に入ってそこに住み着いてしまった人もいるくらいだ。ドイツの首都なのにフランクフルトやジュッセルドルフのようにこれといった主要産業がないベルリンは失業者が多い街だ。

 その反面、自由な雰囲気があり、ビジネスチャンスに溢れている。仕事がないなら自分たちで作ればいいと、カフェやセレクトショップを始める人が大勢いる。自分で商売をしようと世界中から若者が集まってきて、ベルリンにしかないユニークな空間が出来上がっていた。店を始めやすい理由は何と言っても家賃が安いことで、カフェなら椅子やテーブルは中古で十分なのでお金がたいしてかからない。店のスペースもたいして広くなくていい。なぜなら店の前にある公道に堂々とテーブルとイスを並べてテラス席にしているからだ。明らかに公道の半分くらいを勝手に占領しているのだが、あれはあれで構わないらしい。私などは雨や雪の日はどうするのだろうかなどと、余計なことを考えてしまう。だが私が知る限りでは雨が降って困ったことは一度もなかった。

 ドイツに行く選択肢など全くなかった私がベルリンに行ったのは、物価の安さとなんだか面白そうな店があるからというぼんやりした気楽な理由だった。ベルリンにあるペルガモン美術館やブランデンブルク門ベルリンの壁を見たいなどと言う目的は一切なかった。それにあの頃ベルリンはビオ製品が流行っていたし、デザイナーズホテルにも興味があった。ベルリンは街中をトラム(日本でいう路面電車)が走っていて、1週間乗り放題のチケットを買えば、どこでも乗り降り自由だった。トラムに乗る楽しみは何と言っても、座っているだけで街の様子を眺めることができることだ。気になることやものがあれば、躊躇なく近くの駅で降りて散策できる点に尽きる。

  もちろん日本に居るときから事前にお目当ての店の情報を調べて置く。旅の目的は飲食店巡りでその合間にトラムでの街角ウォツチング、たちまち一日が過ぎていく。そんな日々の中で私が今でも覚えている美味しい記憶はサーモンのサンドイッチだ。どこにでもあるようなカフェで、店先にはお決まりのように公道を占領したテラス席があった。店に入って行くと、カウンターにはニコニコしている二人の若い店員さんがいた。なんだかとても仕事が楽しくてしかたがない様子だ。「サンドイッチとコーラをください」そう言ったら、パンの種類を選ぶようにと手元にあるメニューを見せられた。ハンバーガーのバンズのようなパンなのだが、普通のと、ゴマが入ったのと、黒パンのと3種類あるらしい。その中から普通のパンを選ぶと次はチキン、ポーク、サーモンなどと言った中に入れる中身を何にするか決める。迷わずサーモンを選ぶと支払いをして、表にあるテラス席に座って待っていた。

 普通、フランスなど外国のサンドイッチはたいていバゲットでハムや野菜を無造作に挟んだだけのそっけないものと決まっている。それでランチが軽く食べられる以上のお金をとるのだから呆れてしまう。日本のようにパンにバターやマヨネーズを塗ってくれるサービスなど皆無だと思っていた。だが、あのベルリンのカフェのサンドイッチは無味乾燥な味の代物とは一線を画していた。店員さんがサンドイッチを運んできてくれた時、たいして期待もしなかった。だが、一口食べて見て仰天した。「これは美味しい!」何が美味しいのか、その正体はバンズの中から見えるサーモンピンクの色をしたソースだった。そのソースが玉ねぎ、レタス、サーモンと絡み合っているためか、とても美味しく感じたのだろう。その後、のどかな雰囲気の中で食べたサーモンサンドイッチの味が忘れられなくて、再度ベルリンを訪れた。ところが店があったはずの場所は跡形もなく、うずたかいフェンスに囲まれた壁ができていた。どうやらベルリンにも再開発の波が押し寄せてきていた。

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