人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

コロナで外出自粛の今、読書を楽しむ

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本屋から人が消えて

 昨日散歩の途中に久しぶりに街の本屋に寄ってみました。いつも店の前を通っているのですが、誰もお客さんがいないことが多く入りにくいので敬遠していたのです。こちらは本を買おうと思って入るのではなくて、ちょっと話題の本でも見てみるかという軽い気持ちです。以前は新聞などで新刊の広告を見るとすぐに注文していました。宣伝文句だけで内容をわかったつもりになって、いざ本を読んでみたら自分で思っていたのと全然違っていて失敗することが多かったんです。だからパラパラぐらいは読んで見て内容を確認してから購入するのが賢明だと思うのです。その場合にも何度でも読みたい、じっくりと読んでみたいと思う本を選ぶべきなのですが、そんな本にはなかなか出会えないのが現実です。

住民はなぜ怒りを覚えたのか

 さて、私は今話題の本「ザリガニの鳴くところ」や本屋大賞の翻訳小説部門第一位の「アーモンド」が気になってふらっと本屋に立ち寄りました。そしたら、お目当ての本よりもその隣の本のタイトルに興味が湧いて、思わず手に取ってページをめくってしまいました。その本の題名がたしか「社会は贈与でできている」だったと思います最初のページからその内容に引き込まれてしまいました。まずスイスの小さな村の核燃料処理施設の建設をめぐる住民投票の話から始まるのですが、最初、賛成票は50%でした。それで政府や役所はもっと賛成票を稼ごうとして住民にある提案をしたのです。それは毎年多額な賠償金を住民に支払うことを約束するというものでした。それなのに再度投票を実施したら、賛成票が20%になってしまって困惑するばかりだというのです。政府や役所は村民の気持ちを何もわかっていなかったわけです。

 つまり住民はお金の力で自分たちを従わせようとした彼らに怒りをあらわにしているのです。彼らは自分たちが原子力の恩恵を受けていることを十分に承知していて、いずれは施設の建設を受け入れる心づもりをしていたはずです。彼らの気持ちの整理がつくのを待たずに、お金でけりを付けようとしたそのやり方が許せなかったわけです。大抵のことはほとんどお金で解決できるし、人もお金で動くものと政府や役所は信じて疑いません。その一方で住民は自分たちの気持ちが踏みにじられたと激怒しています。この本では住民たちの気持ちを「善意」だと受け取り、それがある種の「贈与」に当たると言いたいようです。

ペイフォワードも贈与とみなす

 さらに著者は映画「ペイフォワード」にも触れて、あれは「贈与の失敗の例」だと断言しています。ペイフォワードとは英語のPAY IT FORWARD からきていて意味は恩を返すことだそうです。実際には人から恩を受けたら、自分も誰かに恩を返す。そしてその誰かもまた同じことをする。そうやって善意の環がつながって広がっていくのです。一杯のコーヒーを誰かにおごるという小さなことから、車のキーをプレゼントしてしまうという大盤振る舞いまで様々なペイフォワードがあります。著者はこのペイフォワードも立派な「贈与」だと言いたいのです。

 以前見た映画ではコーヒーショップに掲示板があって、そこには誰でも使えるコーヒーチケットが貼られています。コーヒーを飲みたくてもお金がない誰かのために有志が寄付してくれたのです。残念ながら日本にはこうした寄付の文化の下地がありません。ですが、日本人が善意の心を持っていないということではないので、がっかりする必要もないのです。

 ここまで書いてきて、読書は本当に楽しい作業だなあとつくづく思います。家にいる時間が長くなり、時間ができた今こそ、すべてを忘れて本に没頭する良い機会だと思うのです。個人的には以前買ったものの、未だに数ページしか読んでいない中国のSF小説「三体」を何とかしなきゃと思っているところです。

mikonacolon