人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

災害訓練で炊き出しの手伝いをしたら

アルファ米は意外と美味しかった

 市営住宅に住む知人の中川さんは先日の土曜日に団地の災害訓練に参加した。同じ階に住む理事の中村さんに是非にと誘われたからだった。理事というのは毎月の自治会費を集めたり、回覧板を回したりと言った役目がある。中村さんはこの3月で役目を降り、今度は中川さんが理事をやる番だった。それで、中村さんは中川さんに、「4月からはあなたがやるのだから、行って見ておいた方がいい」と強く勧めてきた。中川さんはてっきり他の人も来るに違いないと思ったが、別の棟の人がひとり見に来ていただけで、拍子抜けした。なんでも炊き出しの手伝いがあるとかで、三角巾を用意した方がいいと言われたので、そのつもりで行った。

 災害訓練での各階の理事の仕事は、サイレンが鳴った後、黄色いファイルのマグネットが玄関のドアに貼ってあったら、「無事」ということで、それをチェツクして、集会室に報告することだった。普段からエレベーターや階段などの各場所に災害訓練のお知らせは出してあったが、何軒かは何も出ていなかった。もしかしたら、伝わっていないのかもしれない。この団地は外国人も少なからず住んでいるので、無理もないかもしれない。その旨を自治会長に伝えると、今回は訓練だから、それはそれでよしとするが、本番ではもちろん生存確認が必要だといわれた。

 中川さんから見ると、中村さんは”やる気満々の人”だった。以前も、「何か私にできることがあったら、時間の許す限りやりたい」などと優等生的な発言をしていた。何年かに一度回って来る理事の仕事は、自治会費の集金と回覧板を回すことだとばかり認識していた中川さんはある日仰天した。それは中村さんが、「私の代わりに町会の災害訓練に出てくれる人を捜しているんだけど」と中川さんに尋ねたからだ。要するに、中村さんは、防災委員という役目も担っていて、それを聞いた中川さんは「理事というのは地域の役員もやらなければならないのか」と重荷に感じてしまった。やる気満々の空気が伝染したのか、中川さんは4月からの理事の仕事を全うしようと覚悟した。

 ところが、集会室に行ってみると、皆各自忙しそうにしていて、誰も中村さんのことなど気にかけなかった。月に一回は必ず自治会の会合があるはずなので、顔見知りのはずなのに、挨拶さえしようとしなかった。それでも、中村さんは「何かお手伝いする事はありますか」と炊き出しを手伝おうとする。すると、おそらくそんなに言うのならやってもらおうとこちらに譲歩したのだろう、「それなら、お願いします」と言われてスリッパに履き替え集会室に上がる。

 テーブルには30㎝四方の段ボールが置かれていて、中にはアルミ箔に包まれた五目御飯が入っていた。アルファ米の中にレトルトの五目御飯の具を混ぜたものだが、そのままではダメで、もっと混ぜないとご飯がまだらになってしまって見栄えが悪い。アルファ米は水やお湯をかければ、暖かいご飯になるという優れものだそうだが、気になるのはその味だった。段ボール一つ分で約50食できて、その日は約100食分をつめ終えた。中村さんと中川さんは2人で和気あいあいと五目御飯をパックに詰めていったのだが、目の前にはそれをじっと見守る人が二人いた。そう、そうなのだ、人手は十分に足りていたのだ。面白がって、いや、お役に立ててよかったと自己満足に浸っていたのは何を隠そう彼女たち二人で、周りは内心呆れていたかもしれないのだ。頼まれもしないのに、安っぽい親切心でもって、三角巾まで持参して貢献しようとしたのだから。

 この時、中川さんはすべてを理解した。要するに、中村さんのやる気は空回りしているのだと。そのため、中川さんはいつの間にか「絶対にこうしなければならない」とまで思うようになり、洗脳されていた。理事たるものはこうでなきゃと、ガジガジに思い込まされていた。なので、市営住宅に住んで2年余りの中川さんは、知らんぷりを決め込むことにした。理事をやるのは初めてで、何もわかりませんというスタンスで緩く行こうと決めた。それと、なるべく中村さんとは距離を置いた方がいいと思っている。

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