人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

新しく生まれ変わったような気分

今週のお題「変わった」

過去の自分から見たら、信じられない今の自分

 自分で言うのも何ですが、私は確かに以前とは変わりました。それまで自分が頑として崩さなかったステレオタイプを簡単に捨てました。それもたいして、寂しさも何もなく、当然のごとく行動し、その時の正直な気持ちに従ったらそうなったのです。まずはあれほど好きだったカフェに行くのをやめました。きっかけは言わずもがなのコロナ禍で、感染が拡大しても平気で利用する人を斜に構えて見ていました。それでもコロナが終息したら、もちろんまた必ず戻って来ようと思っていました。なぜなら当時の私は自分の部屋では何をやるのにも集中できず、落ち着きませんでした。部屋にある雑多な、生活臭のするすべての物が邪魔に思えたのです。ホテルのように何もない部屋なら、自分は気をそらすことなく目の前のことに集中できて、充実した時間を過ごせると考えて疑いませんでした。

 そこで、皆がそれぞれ自分の世界に浸っているカフェなら、自分も同様に安心して濃密な時間を過ごせると思ったんです。以来、自分が最も寛げるカフェ、さらに自分にとってのお気に入りの席を発掘しようと努力していました。そうしている間に自分にとっての大切な場所であるカフェが閉店してしまうこともありました。正直言って、「明日から一体どこに行けばいいんだ」と呆然自失です。それでも、すぐに「またどこか新しいカフェを探せばいいか」と立ち直りました。そんな私ですから、コロナ禍になったら、もうどうしていいやらわかりませんでした。なにしろ私の頭の中には「カフェでなければ集中できない」というステレオタイプな考えが占領していて、がんじがらめです。なのでコロナが流行しだした頃は相当に悶々とした日々を送っていました。

 コロナ禍になって1年ほど経つと、さすがに諦めたのか自分の部屋でやろうという気持ちになりました。最初はポーズだけでもと思って、中国語の勉強を始めました。何のことはない、初めから上手く行くわけはありません。たいして集中できるわけではありませんが、とにかく毎日机の前に座るという習慣だけはできました。実を言うと、私は当時は何も目標というものがなく、というよりも希望というものを持てずに暮らしていたので、完全に抜け殻でした。その日その日を何とか無事に過ごすことだけに全力を傾けていました。私の毎日はやるべきルーティンで何とか成り立っていたと言っても過言ではありません。

 そんな空虚な日々を変えてくれたのは、昨年の年末に偶然見た朝の情報番組でやっていた星占いの言葉。「来年のために、今日からできることを探して!」。この言葉を聞いて、「来年」ってあったんだと気が付いたんです。それまでの自分は「来年」のことなんて考えてもいませんでした。その瞬間、「来年」は私にとっての希望の象徴のような言葉になったんです。さらに、「今日からできること」って何だろうって思ったんです。そしたら、頭の中に「海外旅行」の文字が浮かび、となったら、必要になるのは英語の勉強です。その頃はまだコロナの流行が下火になるかどうか見極めが難しい時期でした。それでも、できることはあるのだという希望の光が見えて来たんです。

 早速、以前ICレコーダー録っておいたNHKの『ラジオ英会話』を復習し始めました。突然雷に打たれたように、俄然やる気になり、英語の勉強が楽しくなりました。最初は嫌々で、分からないと面白くないとかなんだかんだと理屈をつけて避けていたのですが、とうとう重い腰を上げたんです。どうせ三日坊主で終わるとたいして期待してもいませんでしたが、あら不思議、幸運にも現在まで続いています。今のところ、嫌になるどころか、かえってやる気が増しています。特筆すべきはその英語の勉強が自分の部屋でちゃんとできていることです。あれほど、関係ない物がありすぎて、落ち着かなくて、気が散るから絶対無理と決めつけていたのに、これはいったいどうしたことなのか。知らないうちに、自分の部屋が一番落ち着けて、安心できる空間になっていたんです。不思議なことに全く違和感がありません。

 その一方で、たまに用事があって、休憩のためにカフェに行くと、早く帰りたくなります。他人と同じ空間で時を過ごすことが耐えられなくて、落ち着かないのです。でも確か、以前はそんな空間で、自分の世界に入り込むのが何より好きだったはず。どうやらコロナ禍の3年間で私は体質が激変した様なのです。まあ、別にたいして問題ありませんけど。

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