人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

匿名の投書のわけ

心の内を「ひととき」に投稿した勇気に仰天

 新聞の投書は原則として、匿名ではダメで、れっきとした本名でなければならないとずうっと思っていた。本名で投稿するということは、友人、知人はもちろん、会社の人にだって知れ渡ってしまうのだ。なので、自分が世の中に抱いている不平不満をストレートに吐露することにはやはり躊躇してしまう。それに投稿する以上は紙面に載って欲しいと思うのが本音だろう。本名でなければ、ボツにされるとわかっているから、それなら言わずに置こうとなるのが普通だと思っていた。

 ところが、ある日、「ひととき」欄に『子供と居るのが辛い』とのタイトルを見つけた。ふと見ると、投書の主はまさかの「匿名」になっていた。匿名希望ではなくて、匿名だった。投稿の文章を読んでみると、匿名に納得し、それでも敢えて掲載した投稿欄の担当者の真意がわかったような気がした。世の中にはこんな人も居るのですよ、と皆に知らしめたいのだ。トランスジェンダーだけじゃない、母性に対するステレオタイプな考え方に一石を投じる投稿だった。

 投稿の主は子供を産んで育てている女性で、子どもを産む前から子供というものが嫌いだった。だから結婚しても子供は持たないつもりだった。それなのに、夫は妻の本心を理解できずに、「子供が生まれたらきっと可愛いいはずだよ」と説得しようとした。いや、違うのだ、本当に無理なのだといくら説明しても、自分の気持ちは分かってもらえない。たいていの女性は産む前はなんだかんだ言っていても、子どもが生まれたら、生んでよかったと喜んでいる、自分の姉もあまり好きじゃなかったけど、今では子供が可愛くて仕方ないと言っている、などと口説き落とそうとした。

 その結果、夫に押し切られた形で女性は子供を産んだ。だが、やはり子供に対する愛情は一滴たりとも湧いてはこない。泣くことでしか意思表示できない赤ん坊と24時間一緒に居るのは苦痛でしかなかった。夫は子供が可愛くて仕方がないようだが、彼には仕事がある。当然のことだが、女性と赤ん坊を二人きりにして、毎朝出かけて行く。「お願いだから、行かないで」と心の中で叫ぶが、夫には伝わらない。誰にもわかってもらえないかもしれないが、子供と二人きりで毎日過ごすことは地獄だ。

 こんなことを面と向かって言ったら、「それでも母親なの?あなたには母性ってものがないの!?」などと非難されるのは必至だ。世間に知られなくても苦しいのに、本当のことを堂々と言ったら、さらなる苦痛を味わうことになる。それこそ変人扱いされて、自分の人間性まで疑われそうで怖くなる。女性の投書の意図は「子供を産んで母親になったからといって、母性が自然と沸き上がって来るものでもない」という真実を知って欲しいのだ。世間の常識はともかく、少なくとも自分のような母親も居るのだと声をあげたい切実さが伝わってくる。女性は今の苦しさから逃れる唯一の手段は子供と離れることだと考えているようだ。苦痛の原因になるものと距離を置くのは常套手段で、一番効果的だからだ。

 女性の匿名の投書には仰天したが、感情移入するまでには至らない。それは彼女の苦悩が私にとっては他人事であり、自分事にはなりえないからだ。それに身近に子供嫌いだった人が子供を産んだ途端、子供好きに変身してしまった例があった。二番目の姉は結婚前は子供が大嫌いだった。なぜそんなに嫌うのかと言うと、子供はお菓子を食べ散らかす、やたらと騒いで煩い、ちょっと怒ると泣いて泣き止まない、子どもが遊びに来ると部屋が散らかる等々の理由で、綺麗好きの姉には耐えられないことだらけだった。ところが、子供を産んでみたら、周囲があっと驚くほど子供を可愛がり始めた。まるで何かの魔法にかかったみたいに性格がコロッと変わったのには家族一同仰天した。

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