人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

個人経営のパン屋さん

今週のお題「復活してほしいもの」

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今ではもう絶滅危惧種になりつつあるのが寂しい

 この間久しぶりに昔よく行ったことのある地域を訪れる機会があった。たしか近くにパン屋さんがあったはずだと思って行ってみた。そしたら、もうその店は無くなっていて、パン屋があった形跡もなかった。大通りに面したその店は活気があって、いつも大勢のお客さんで賑わっていた。人間と言うのは不思議なもので、皆が次々に買っていくのを見ていると、自分も試しに買ってみようかと思うものだ。それなのに、今では見る影もない。だいたい、個人経営のパン屋というものはだんだんと姿を消しつつあるようだ。私などは、お気に入りのパン屋が閉店した時は、いつだって残念な気持ちになるのだが、しばらくすると諦めて、もうその店の事は忘れてしまった。時代の波には逆らえないのかなあと痛感して、何もできずにただ傍観するしかない。

 パン屋で思い出すのは、もう10年以上も前に閉店した会社の近くにあった小さなパン屋のことだ。その店は5階建てのビルの1階にあり、パンが陳列してあるスペースは狭いが、レジの向こう側にはパン工房があった。何人かの職人さんがパンの生地を作っているのが見えた。店員さんも若い人が多かったようで、店には「パン職人になりませんか」と言う店員募集のお知らせが貼ってあった。研修制度もあって、「本場フランスの店に研修に行きませんか。初心者大歓迎です」と書いてあった。他人事ながら、こんな小さな店でも、フランスに修行に行けるのかと考えたら、なんだか希望に満ちている気がした。なんとも魅力的な募集広告だなあと感じたせいか、今でも記憶に残っている。そして、この時はまだ数年後の劇的な変化を予想することはできなかった。

 このパン屋はビルのオーナーである男性が経営していて、2階はデザイン会社に貸していた。店は朝早くから開いているので、私はいつも朝出勤前に立ち寄っていた。ここのパンはどこにでもある普通のパンだが、その普通のランクが上の部類なのだと思う。クリームパン、ミルクフランス、あんドーナッツ、ウインナードッグ、ピザパン・・・といろんなパンがあるが、その中でも特にピザパンが好きだった。普通の店のピザパンは表面にあまり具は乗っていないが、ここのは野菜てんこ盛りだった。甘~いスライスの玉ねぎ、赤やオレンジのパプリカ、スライスソーセージ、それらのバランスが絶妙だった。それを証拠に、どのパンより先に売れていくのはピザパンだった。ここのパンはいつもお昼前には売り切れてしまうのだった。ある日、最後のひとつのピザパンをゲットした私は、「今日はなんてついてる日なんだ!」とウキウキしたものだ。

 それでも周りからは、「あそこのパン屋のパンってたいして美味しくないよね。皆が美味しいって言ってるわりには」と言った声も聞こえてきた。人には好みというものがあるし、好き嫌いもあるだから、それはそれでいい。ただ圧倒的多数で「美味しい!」と感じる人がいることだけは確かだった。でも、どんな美味しいものでも毎日食べ続けたら、飽きてしまうかもしれない。美味しいパンを素直に「美味しい!」と感じたいのなら、そこは節操と言うものがなければ。つまりある一定の頻度で持って店に通わなければならない。そうすれば、いつだって新鮮な感動が味わえる。

 その感動はこの先いつまでも続くはずだったのだが、ある日パン屋は閉店することになった。その理由は店主がフランスにパン職人として修業に行くためだった。どれくらいの期間になるかは行ってみなければ分からない。また日本に戻って来たら、店は再開するつもりだ。その時までしばらく待って欲しいと貼り紙のお知らせに書いてあった。その後どうなったのかと言うと、未だに店は再開されていない。きっとまだフランスに居るのだと思う。店主の熱い想いもよく理解できるが、閉店した店のウインドウには溢れんばかりのメモ書きが貼られていた。パン屋の常連さんたちの今までの感謝と閉店に対する嘆きが聞こえてくるようだった。「美味しくて、いつも買って家族で食べていました。残念でなりません」。パン屋の閉店を心から惜しむかのような悲鳴を聞いた気がした。

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