人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

無人島に持って行くなら

夫と、即答した山脇りこさん

 朝日新聞の土曜版にbeという別刷りがあって、そこには料理のコラムも載っている。そのコーナーを担当していて、よくお見掛けするのが料理研究家の山脇りこさんだ。と言っても、そのお名前を聞いたことも、そのお姿をテレビなどで拝見したこともないが、記事に載っている写真から察すると、なんだかホンワカした感じの方である。毎週私などには想像もできない斬新なレシピを紹介してくださっている。「へえ、こんな食べ方あるの!?」とか「こんなんで美味しいんだ!」とかいう、ステレオタイプを覆すようなメニューがとても印象的だった。それに加えて、一番驚かされたのは、レシピではなくて、コラムの冒頭の書き出しだった。

 それは「ある時、取材で『もしも、無人島に行くとしたら、何を持って行きますか』と尋ねられたので、臆面もなく『それじゃ、夫かなあ』と即答したら、周りに呆れられた」という文面だった。これには私も椅子からひっくりかえるほどの衝撃を受けた。こんなにも堂々と、恥も外聞もなく「無人島には夫と行きたい」と言える人がいるとは想像もしなかったからだ。この発言は「私は夫が世界中で一番好きです」とか「いつも一緒に居たいんです」と世間に向かって宣言しているのと変わりない。「無人島には夫を持って?」と言うか「連れて行きます」と返された方はさぞかし戸惑って、言葉を失くしたに違いない。「お幸せなのですね」と皮肉のひとつでもいいたくもなるし、また「それって本気で言っているのですか」と聞き返したくもなる。まさか、冗談でしょうと揶揄したくもなるが、どうやら山脇さんの場合は本気でそう思っているらしい。

 以前ある出版社の宣伝コピーで「無人島に持って行くあなたの一冊は?」みたいなキャッチフレーズがあった。あれが記憶に残っていた私は、もしも自分が無人島に持って行くなら、何がいいだろうかというくらいの発想しかなかった。それなのに、山脇さんはまさか、まさかの「夫」と即答した。もう私にとっては青天の霹靂以外の何ものでもなかった。考えても見て欲しい、無人島と言うのは文明の利器が何もない場所で、そんな場所で夫と二人で過ごすとなると何が起こるのか、あるいはどう過ごしたらいいのか。世の奥様方は間違っても、そんな無謀な選択はしないのではないか。そう考えたら、また別の見方があることに気が付いた。物事と言うのは多面性を持っていて、別の視点から眺めると、全くちがった風景が浮かび上がってくるから面白い。

 となると、山脇さんが「無人島には夫を持っていく」と即答したのにはそれなりの訳があるのだろう。勝手に推察してみると、例えば、夫がいた方が何かと便利で使い勝手がいいとか、あるいは、なにかとラクチンで落ち着くとかといったそう言った効用があるのかもしれない。要するに、自分が何かをしてあげる必要がある「夫」は当然のごとくパスされ、何でもやってくれるフットワークの軽い「夫」だけが選ばれることになる。天文学的に妻から愛されている夫でもない限り、世の奥様方は無人島には連れて行こうとは思わないのではないか。それに現実的に考えて、無人島ではサバイバル生活が続くのは間違いないので、本など読んでいる場合ではないのだ。

 以前テレビで山奥で自給自足生活を送っている夫婦を取材した番組を見たことがあった。リポーターが「こんな大自然に囲まれて、生活できるなんていいですねえ。毎日のんびりと暮らせますねえ」と感激して言うと、奥さんがすぐさま反論した。「とんでもない、自給自足は大変なんです。毎日忙しいんですよ。何もしなかったら、ここでは生きてはいけません」との厳しい声に視聴者であるこちらも現実を思い知らされた。朝から晩まであれやこれやとやるべきことが多いようで、それでも自分たちで自分たちの食べる物を調達できる喜びは何物にも代えがたいのだろう。お金がなければ、一日たりとも暮らせない私などは特にそう感じたのだ。

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