人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

もっと『コンパートメント№6』を

映画の余韻が今頃じわじわやって来た

 私にとって、コンパートメント№6を見に行ったことはコロナ禍からの”世のなかデビュー”のようなものだった。正確に言うと、映画を見ただけでなく、以前見たことのない風景にも出会って目を丸くしてしまった。チケットを予約した当日、本当なら電車で行けばいいのに人混みを避けるために都心まで歩いて行くことにした。散歩がてら大通りをただひたすらまっすぐ歩いて行った。映画館の場所はネットのGoogleの地図を印刷しておいたので、だいたいわかるつもりだった。ところがいざ映画館の場所と思しきあたりに行きついたにもかかわらず、何処だかさっぱりわからなかった。さて、困った、どうしようかと思案したら、日本には交番という有難い場所があることを思い出した。

 日本の駅の近くにはたいてい交番があって、”迷える子羊”を一瞬にして救ってくれる。どうしてこんなことを言うのかというと、パリのど真ん中でその日に泊まる予定のホテルが見つからず彷徨った経験があるからだ。ちなみにパリでの交番に当たる役目ををしてくれたのは、なんとタクシー運転手の人だった。人間は困ったときは誰でも、たとえ知らない人であっても信じたくなるものだ。でもここは日本なのだからと安心し、駅の方へ歩いて行くと期待通り交番はちゃんとあって、上背のあるマッチョな警官二人が待っていてくれた。ひとりはすでに他の人に対応中だったが、もうひとりは私が近づくとすぐに話しかけてくれた。地図を見せて、「ここにある映画館に行きたいのですが・・・」と言うとすぐに見当がついたらしく道を教えてくれた。ごく普通のことだが、3年もの間どこへも行かなかった私にはとても新鮮に感じる経験だった。

 人に道を尋ねるということを忘れていたわけでもなく、する必要がない安全安心な生活をしていただけのことだった。こうして自分の中での”世のなかデビュー”をした私は映画の上映時間までの1時間余りをロッテリアで過ごすことにした。駅近くの店ということもあってか、中に入ると外から見るよりも狭い。2階の席に座ったがすぐに圧迫感を感じて息苦しくなってしまった。幸運にも窓際なので外の景色を眺めて何とか気を紛らわした。トイレを済ませて置こうと、人ひとりやっと通れる階段を上って3階に行った。そこで見た光景に唖然としてしまった。狭い空間に”ミニ秘密基地”とでも言いたいような席がいくつもあったからだ。そこの座席はすべて周りを囲ってあって、人の顔が見えないようになっていた。そこはさしずめ、狭いながらも自分だけの空間で、何かに没頭できる場所のようだった。そっと様子を窺うと、ある人はパソコンに没頭し、ある人は何らかの書類をじっと見つめていた。それで私はふと、何かでどこかで聞いたことがある”自習室”というものがあることを思い出した。目の前の光景はまさしく”それ”だった。要するに私は3年ぶりにいきなり世の中に出て来た人みたいな、異邦人のような気分になったわけだ。

 前置きが長くなったが、映画の話に戻ると、私の目的は旅情の共有とペトログリフがどんなものかを見ることだった。旅情については、列車がサンクトペテルブルクで停車した時に大いに私の心の琴線を刺激した。駅のホームが見えたとき、懐かしさが溢れて、過去の様々な光景が蘇ってきた。変な話だが、映画そのものでなく、個人的な感情で涙が出そうになった。列車での旅が大好きで、車窓を眺めていれば満足で、退屈などしたことはなかった。

 ペトログリフについては残念ながら、映画の中では遭遇できなかった。でもヒロインのラウラはそれを見るためだけにムンマンスクに行こうとした。コンパートメントで偶然一緒になったリョーハに「それを見ると、何がいいことがあるのか」と尋ねられて、「過去を知れば、きっとそれは私たちがこれからを生きる道しるべとなる」と答えた。考古学を研究している彼女にとってはたいそう魅力的なものに思える代物らしい。何の予備知識もなしに映画を見に行ったので、私には何のことだが訳が分からない。彼女がペトログリフを見に行こうとすると、誰もが今の季節はあそこには行けないと止められる。観光案内所に行っても、「今は無理だから、夏にまた来て」と言われてしまう。どうやらペトログリフは雪深い季節に見に行くものではなく夏がベストシーズンらしい。「なぜ行けないの?」とラウラがタクシーの運転手を問い詰めると、「そりゃあ、危険だからさ」の一点張り。

 映画はその言葉の意味を思い知らされるような場面の連続で、観客の誰もが「なぜ、こんな吹雪が吹き荒れる中で強行するの?」と疑問に思うだろう。さて、まだまだ書きたいことがいっぱいあるが、今日はこのあたりでやめておこうと思う。なぜなら、それは私の集中力が続かないからだ。

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