人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

アニー・エルノー

 

私の好みじゃないと思った、されど一気読み

 先日、テレビのニュースが今年のノーベル文学賞がフランスの女性作家に決まったと告げていた。アニー・エルノーという名前で、その小説は中絶、結婚、離婚といった自身の体験によって書かれたものだと言う。彼女の小説は何度も映画になり、日本でも上映されているのだが、私には初めて聞く名前だった。ノーベル文学賞はたいていは社会問題をテーマとして主に執筆している作家が受賞するものと思い込んでいたので、とても意外だった。でも、ふ~んと聞き流して、自分にはおよびでないと思うことにした。なぜなら、私は自伝的で、しかも性愛を描く小説は好みでなかったからだ。だから、その時の私は彼女の小説はおそらく読むことはないだろうと思っていた。

 ノーベル文学賞で女性と言えば、アメリカの女流詩人であるルイーズ・ギュリュックさんを思い出す。でもあの人の作品は日本語にはほとんど翻訳されていなかったので、読む機会がほとんどなかった。一方のアニー・エルノー氏の本は何冊か翻訳されて、早川書房から文庫が出ていた。そのことを知ったのは、偏っていると評判のある新聞の記事でだった。ノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノー氏のことが話題になっていて、タイトルは『女性の生と性を描く』とつけられていた。その文字の横には「私の物語と感じる読者が多く」と書かれている。

 一度は無視しようとも思ったが、なんだか後ろ髪を引かれるようにしてその記事を読み始めた。そしたら、日本では知名度はなくても、多くの著作が翻訳され、出版されていた。最初は世界中でベストセラーとなった「シンプルな情熱」、続いて、「場所」、「ある女」、「事件」と、読みたい放題なのだ。長年リセで高等教育に携わり、その後は在宅勤務で高校生の答案の添削をして暮らしていると書かれていた。それでも私は彼女の本を積極的には読みたいとは願わなかった。ところが偶然私は大型書店に行く機会があって、それは毎月の習慣となっているNHKの語学講座のテキストを買うことだった。

 それで、ついでに1階に置いてある検索機で、「シンプルな情熱」と打ち込んでみた。するとたちまちヒットし、在庫が65冊もあると出た。3階にある文庫のコーナーに行き、ちょっとだけ中身を見てみるつもりで、棚から本を取り出した。ペラペラと捲って読んで見ると、確かに人前では口に出すのを憚られるような単語が並ぶが、不思議なこと嫌な気分にはならない。なぜ不快感がないのかと考えてみたら、それは赤裸々な体験を綴った自伝的な小説にありがちな湿っぽさと卑猥な感じが文章から全く漂って来ないからだった。私がいつも嫌だなあと感じた生々しさがなくて、それどころかきっぱりとした心地よさを感じた。

 文章の行間に彼女の深い教養を感じ取った私は、僅か数ページしか読んでいないのに買うことに決めた。全く買う気がなかったはずの本を買うことになるなんて、なんて愉快なのだろう。ついでに隣にあった「侍女の物語」も買うことにする。これもかつて映画化されて話題になったと急に思い出したからだ。思ってもみなかったことに遭遇するなんて、これこそ生きている瞬間を味わうことだ。

 家に帰って、早速読んで見るが、睡魔が襲ってきて暫し中断することもあった。でも何とか一気に読み終えた。新聞の記事に書いてあった「これは私の物語」に深く同意せざるを得ない。しっかりと自分の足で立っている、教養ある自立した女性のそれとは正反対の”可愛らしさ”に共感するからだ。それは愚かさかもしれないが、恋はそれくらい我を忘れるものであっていい。どんな状況にあっても、人を好きになる気持ちは理屈でなくて、誰にも止められないからだ。

mikonacolon