人生は旅

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悪童日記を読んで

 

アゴタ・クリストフの『悪童日記

途中で読むのやめようかと思った、内容が凄すぎて

 『悪童日記』のことを知ったのは、この本の訳者である堀茂樹さんの記事を読んだからだった。新聞の文化欄にノーベル文学賞を受賞したアニ―・エルノーのことが載っていて、彼女の本の訳者が堀さんだった。堀さんはフランス文学の優れた書き手を日本に紹介する活動をされていて、アゴタ・クリストフもそんな作家のうちのひとりだった。特にクリストフに関しては、堀さんがまだ若い頃パリ在住だったころ、古本屋の店主に勧められて読んで衝撃を受けた作家だった。「この本は凄い本だから、読んでごらんよ」と言われて、読んでみたら頭をガツンとやられてしまった。

 そんな記事を読んだら、もう好奇心が抑えられない。『悪童日記』だなんて、見るからに背徳の匂いがするし、双子の男の子が主人公らしい。さぞかし悪いことばかりするのだろうと想像した。でもどうせ子供のすることだから想定内だと高をくくっていたらとんでもない。この双子は大人以上に賢く抜け目なかった。第二次世界大戦下の小さな町で誰にも頼ることなく、自分たちの知恵と才覚だけでしたたかに生き抜いていく。大きな町に住んでいた双子は母親の祖母の家に預けられる。その祖母は町で評判の吝嗇家で、しかも夫を毒殺したと噂されている人物だった。

 事情があって双子の母親は祖母と疎遠になっていたが、突然現れた娘に「雌犬、何しに来た」と悪態をつく。そんな訳だから、この双子は大事にされるわけもなく、「働いてもらうから。食べ物はタダじゃないんだよ」と酷使される生活を送ることになる。遠い町から母親は双子のためにお金や衣服を送ってくれるが、子供たちには届かない。すべて祖母に取られてしまうからだ。家の周りは畑で、野菜や果物で溢れているが、双子の口には入らない。与えられる食べ物は最低限で、衣服は替えがないから洗うこともできない。入浴もさせてもらえず、髪は伸び放題、爪も伸ばしっぱなしで割れて白くなった。

 だが、そんな状況でもこの双子は勉強だけは欠かさなかった。母親に持たされた百科事典や算術の本などを使って知識を身に着けていった。さらに子供なら泣きたくなる悲惨な状況を打破しようと、泣かないための練習をした。どんな辛い目にあっても、それに慣れるように、何とも思わなくなるように自分たちを律していく。二人は互いにベルトでお互いを殴り合って、痛みに耐える練習をした。何とか今を生き抜くための、なりふり構わぬ精一杯の抵抗だった。誰も助けてはくれなかったから、そうするしかなかった。

 二人は勉強のためにノートと鉛筆を買う必要があった。だが祖母はお金をくれるわけがない。万引きもすでにやってはいたが、お金がないと店に入れないからそれさえできなかった。やがて、夜になると二人は町の居酒屋を回るようになる。ひとりがハーモニカを吹いて、ひとりが歌を歌う。あるいは手品を披露したり、宙がえりや横跳びなどの軽巧などの技もするようになった。双子は自分たちでお金を稼ぐようになった。

 こんな大人でも難しい処世術をいとも簡単に身に着けてしまう彼らは一体幾つぐらいの子たちなのだろう。自然とそんな素朴な疑問が湧いてきた。小説の中には彼らのはっきりした年齢は書かれてはいない。ただある場面の文章を読めば彼らがいくつぐらいかは想像は付いた。それは彼らが事件の重要参考人として刑事から訊問され、投げる蹴るの暴行を受ける記述だった。「僕らの骨はどこも折れていなかった。歯が行く本か折れただけだった。すべて乳歯だった」という文章からすると、彼らはまだ12歳にもなっていないのだ。ネットの記事によると、一般的には6歳前後から、12歳ぐらいまでに乳歯から永久歯に生え変わるのだという。彼らは大人からみれば、”おちびちゃん”で美少年だった、見かけだけだが。

 現実の彼らは司祭のところにいる女中を薪に爆弾を仕掛けて殺そうと画策する。もちろん彼らなりにしかるべき理由はあるには違いないが。不条理極まりない世界に生きる彼らは肉親の情すらも感じることを拒否しているのか、目の前で母親が爆死しても全く反応しない。捕虜に囚われていた父親が戻ってきたときには、隣国へ逃がす手伝いをする。国境沿いにある柵を越える計画を実行しようとするが、彼らは初めから自分たちのうちのひとりを逃がすつもりだったのだ。父親はそのための囮で、上手く行かない時は犠牲になるべき存在だった。予想通り柵の間に仕掛けられた爆弾が爆発し、父親は犠牲になった。すると、彼らのひとりが父親の背中を踏み台にして、向こう側へと柵を飛び越えた。そんな目の玉が飛び出るほどの衝撃のラストをすぐには理解できず、何度も何度も読み返した。善悪の区別は別にして、この双子の生きることに情熱を傾けるエネルギーは凄まじく、眩しいとさえ思えてしまうのはなぜなのだろうか。

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