人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

つぶらな瞳に一目惚れ

今週のお題「最近あったちょっといいこと」

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瞳をキョロキョロさせている赤ちゃんに遭遇して

 先日、スーパーに行くために駅前の交差点で信号を待っていました。いつもは自分の行く方向しか見ないのに、その時は何を思ったのか反対の方向に行く人達の方をチラッと見たのです。そしたら最初に目に飛び込んできたのは乳母車で、次におとなしく横たわっている赤ちゃんの姿と思いきや、それが違ったのです。その赤ちゃんはせわしなく目をキョロキョロさせて、辺りを眺めていました。精一杯に目を大きく開けて、好奇心で瞳をキラキラさせて未知の世界を観察していたのです。その日は穏やかで風もない暖かな一日で、赤ちゃんの周りでは特に何も事件など起こっていないのです。だから大人にとっては何も目をキョロキョロさせる必要などないのです。それに私がこれまで見た乳母車に乗っている赤ちゃんは皆瞳を動かさず、おとなしくしているのが普通でした。 

 その子は目の前にいる母親を見つめているのではないようです。赤ちゃんは自分の家とは全く違う環境、つまり、車が通りすぎる音や人々の話声などが聞こえて来る別世界にワクワクしているのです。その子の様子を見ていてたら、なんだか可愛くて、愛しい気持ちになってきました。ほんの数十秒見ていただけなのですが、いつの間にか我を忘れていました。でもすぐに後ろめたい気持ちになってきました。見知らぬ赤の他人のおばさんが赤ちゃんをじっと見ているなんて、まるでストーカーではありませんか。その子の母親からしたら気持ち悪いと思われても仕方ありません。周りの人に気づかれないように視線をそらしたのですが、やっぱりその子が可愛いので見たい気持ちを抑えきれませんでした。もう一度見てみたら、相変わらず瞳はキョロキョロして、飽きることなどないようで、その子の探究心は留まるところを知りません。

 私とその赤ちゃんとの交流は信号が青になったので、敢え無く終わりました。でも短かすぎる信号の待ち時間の間にその子と出会ったことで、私の心に小さな花が咲いたのです。長く大人をやっていると、世の中で起きることに慣れてきて、心が擦れっからしになっているものですが、だからこそ赤ちゃんの無垢な行動に何かしら感じるものがあったのです。大人にとっては見飽きていて、何の変哲もない世界がその子にとっては、驚きに満ちた世界にもなりうる、そんなことを考えていたら、なんだか羨ましくなってきました。でもどちらかというと、ただただ、その子のしぐさを見ていたら、可愛いさが募ってきて、なんでもない一日の午後を明るく照らしてくれただけなのです。赤ちゃんというものは見ていて飽きないものだなあとつくづく思いました。ほんのひとときの出来事なのに、その日はなんだか心にぽっかりと明かりのです。人間の心は些細なことで急に曇ったかと思ったら、逆も大いにあり得るのです。

 赤ちゃんのことで思い出すのは、近所にある家の娘さんが里帰りした時のことです。娘さんは二人目の子供を産んだばかりで、3歳の男の子を連れて実家に戻ってきました。ある日上の子の手を引いて乳母車で近所を通りかかると、皆が赤ちゃんを一目見ようと集まって来たのです。「肌がすべすべでかわいいわねえ」だの「目がぱっちりでお母さんにそっくり!」だの「手がまるでもみじみたい!」だのとおばさんたちが勝手なことを言って盛り上がっていました。でもそんな井戸端会議が一瞬にして凍り付いたのです。それはお兄ちゃんである3歳の男の子が「僕の赤ちゃんを見ちゃダメ!」と泣いて怒ったからでした。どうやらその子にとっては赤ちゃんは自分の宝物のような存在らしく、寄ってたかってなんだかんだと言っているおばさんたちは憎むべき敵のようなものらしいのです。「僕の赤ちゃんがどうにかなってしまうのではないか、どうにかされてしまうのではないか」と危機感を抱いたらしいのです。

 せっかく盛り上がっていた気持ちに冷や水を浴びせられたにも関わらず、近所の方たちは思わず大笑いしていました。すぐに「大丈夫、あなたの大事な赤ちゃんを誰もとらないからね」と男の子を安心させて、「本当にいいお兄ちゃんねぇ」と口々に言い合っていたのです。

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